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いつか、誰かが私を打ち負かすだろう。だがそれは今日ではないし、お前にでもない。 "Someday, someone will best me. But it won t be today, and it won t be you." ダークスティール 【M TG Wiki】 名前
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もうシェイクスピアの名言には心を震わせるよ ヨビコしちゃうくらいね シェイクスピアのプロフィール・経歴・略歴 ウィリアム・シェイクスピア、16世紀のイギリスの劇作家、ハムレット・ロミオとジュリエット・マクベス・リア王・ヴェニスの商人そのほか数多くの傑作を生み出す。最も優れた英文学の作家と評される人物。後世の作家に大きな影響を与えた 安心、それが人間の最も身近にいる敵である。 [シェークスピアの名言|安心は最大の敵] いまが最悪の状態と言える間は、まだ最悪の状態ではない。 [シェークスピアの名言|最悪の状態と言える間は、まだ最悪ではない] 険しい山に登るには、最初からゆっくりと歩くことが必要だ。 [シェークスピアの名言|ゆっくりと歩くことの重要性] 求めて得られる愛は素晴らしい。 でも求めることなく与えられる愛はもっといい。 [シェイクスピアの名言|愛を求めず与える] 時というものは、それぞれの人間によって、それぞれの速さで走るものだ。 [シェイクスピアの名言|人によって時の流れは違う] 楽しんでやる苦労は、苦痛を癒すものだ。 [シェイクスピアの名言・格言|苦痛を和らげたいなら、楽しんでやる] 雄弁が役に立たないときにも、純粋な、無邪気な沈黙が、かえって相手を説得することがある。 [シェイクスピアの名言・格言|沈黙が相手を説得することもある] 愚かな知恵者になるよりも、利口な馬鹿になりなさい。 [シェイクスピアの名言・格言|愚かな知恵ものよりも利口な馬鹿] 愚者は己が賢いと考えるが、賢者は己が愚かなことを知っている。 [シェイクスピアの名言・格言|自分が賢いと思ったら終わり] 過去と未来は最高のものに見える。現在の事柄は最高に悪く見える。 [シェイクスピアの名言・格言|現在は悪い状況に思えるものだ] 貧乏でも満足している人間は金持ち、それも非常に金持ちです。しかし、大金を持っている人でも、いつ貧乏になるかと恐れている人間は、冬枯れのようなものです。 [シェイクスピアの名言・格言|自分の財政状況に満足できるかどうかがカギ] 金を貸すと、金も友達もなくしてしまう。金を借りると、倹約の心が鈍ってしまう。 [シェイクスピアの名言・格言|金は貸しても借りても大切なものを失う] 誰の言葉にも耳をかたむけろ。誰のためにも口を開くな。 [シェイクスピアの名言・格言|他人の意見に耳を傾け、他人に忠告はするな] 快い眠りこそ、自然が人間に与えてくれる優しく懐かしい看護婦だ。 [シェイクスピアの名言・格言|眠りは優しい看護婦] 逆境が人に与えるものこそ美しいではないか。それはガマガエルに似て醜く、毒を含んでいるが、その頭の中には宝石をはらんでいる。 [シェイクスピアの名言・格言|逆境はガマガエルのように醜いが、宝石をはらんでいる] いちばん賤しい者となり、いちばんひどい逆境に沈んでいる者は、常に望みを持ちなさい。怯えることはない。最上の幸福から零落することは悲しむべきだが、不運のどん底に沈むと、また浮かび上がって笑うことにもなる。 [シェイクスピアの名言・格言|不運のどん底でも悲観するな] お前たちもみな知っているように、慢心は人間最大の敵だ。運命をはねつけ、死を嘲り、野望のみを抱き、知恵も恩恵も恐怖も忘れてしまう。 [シェイクスピアの名言・格言|慢心は最大の敵] 外観というものは、一番ひどい偽りであるかもしれない。世間というものはいつも虚飾にあざむかれる。 [シェイクスピアの名言・格言|世間は外観に惑わされる] 人を邪な道に引き込むため、悪魔が真実を言うことがある。わずかな真実で引き込んでおいて、深刻な結果で裏切るために。 [シェイクスピアの名言・格言|悪魔が真実を言うとき] 悪事によって得たものは、悪事の報復を受ける。 [シェイクスピアの名言・格言|悪事は報復を受ける] 偉人には三種類ある。生まれたときから偉大な人、努力して偉人になった人、偉大な人間になることを強いられた人。 [シェイクスピアの名言・格言|偉大な人物になる3つの方法] 過去の弁解をすると、その過失を目立たせる。 [シェイクスピアの名言・格言|過去の言い訳をしない] 女は娘でいるうちは五月の花時のようだが、亭主持ちになるとたちまち空模様が変わる。 [シェイクスピアの名言・格言|娘でいるうちは五月の花時のようだが、亭主持ちになると…] 成し遂げんとした志を、ただ一回の敗北によって捨ててはならぬ。 [シェイクスピアの名言・格言|一回の敗北で諦めない] 他人もまた同じ悲しみに悩んでいると思えば、心の傷は癒されなくても、気は楽になる。 [シェイクスピアの名言・格言|他人も悩んでいる] 天は自ら行動しない者に救いの手を差し伸べない。 [シェイクスピアの名言・格言|自ら行動しない者に救いはない] 馬鹿は自分のことを賢いと思い、賢明な人間は自分が愚か者であることを知っている。 [シェイクスピアの名言・格言|馬鹿と賢者との違い] 全世界は一つの舞台であり、すべての男と女はその役者にすぎない。彼らは退場があり入場があり、ひとりの人間が一度の登場で多くの役を演じる。 [シェイクスピアの名言・格言|世界はひとつの舞台] 人間の生活においても、ある種の潮流がある。満ち潮に乗れば、幸運に導かれる。無視をすれば、人生の旅は苦しみの浅瀬に漂うだけとなる。私たちはいま、そういう海に浮かんでいる。だから、その潮流に乗らなければならない。さもなければ、賭けているものをすべて失くすことになるのだ。 [シェイクスピアの名言・格言|時代の流れに乗れ] いま望んでいるものを手にして、何の得があろうか。それは夢、瞬間の出来事、泡のように消えてしまう束の間の喜びでしかない。一週間嘆くとわかっていて、一分間の快楽を買う人がいようか。あるいはおもちゃと引き換えに、永遠の喜びを売る人はいようか。甘さを求めて、ブドウ一粒のために、ブドウの樹を倒してしまう人は、はたしているだろうか。 [シェイクスピアの名言・格言|一週間嘆くとわかっていて、一分間の快楽を買う者がいようか] 人の成すことには潮時というものがある。うまく満ち潮に乗れば成功するが、その機を逃すと一生の航海が不幸災 厄ばかりの浅瀬につかまってしまう。 [シェイクスピアの名言・格言|成功者と失敗者を分けるもの] 私たちの疑いは反逆者であり、やろうとしないから失敗してしまうという安易な道に私たちを誘いこむのである。 [シェイクスピアの名言・格言|成功を阻む最大の敵とは] もう俺が女なら惚れちゃう^^ 名前 コメント
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Shakespeare パート 名前 出身高専・高校 他のバンド Vo 鈴木 Gt 野村 Ba 安藤 Dr 小澤 ラルクのコピーバンドです。 名付け親はノムさんです。がんばります。 名前 コメント すべてのコメントを見る
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開催日 2009年1月18日 GM s/t 舞台 真帝国・ミュリエルのラボ 参加PC イリス・モーント アルト・マクドール リリィ シナリオクラフトによるセッション。テンプレートは「潜入救出作戦」。 それは彼方から届いた手紙。すっかり“旅団”に馴染んでいたイリスの元に届いたそれはミュリエルが発したベルティルデを捕らえるよう指示した指令書だった。急に引き戻された現実に葛藤するイリスだったが、結局教えられた専用コードを使ってベルティルデの意識を奪い、ミュリエルの元へと走ってしまう。手を返したようにイリスの功績を讃え、イリスが覚醒した最高レベルのエイリアスとしての資質を高く評価するミュリエル。待ち望んだはずのミュリエルの厚遇を前にしてもイリスの心が満たされることはなく、なんとも言えない葛藤がしこりのように残り続けるのだった。 様子がおかしかったイリスの様子、そして動揺のせいか幾つも残されていたイリスの遺留品からベルティルデがミュリエルに攫われたことを察したアルト&リリィは早速とパンツァーと飛ばしてミュリエルが所有するラボまで急行する。首尾よく内部に潜入したアルト&リリィだが、イリスによって看破されてしまう。真意を問うアルトやリリィに対し、イリスは自身が元々ミュリエルの僕でしかなかったことを告げて差し伸べられたその手を振り払う。同時に侵入者であるアルトとリリィに向けてミュリエルの手駒であるベルティルデのデッド・コピーの群れが襲い掛かった。 立場は逆転、ひたすらに数で押し寄せるデッド・コピーの群れによってラボの中を逃げ回る羽目になるアルト&リリィ。次第に追い詰められたアルトは遂にパンツァーに被弾して転倒、絶体絶命のピンチに陥る。だが、その窮地を救ったのは無数のメテオ。未だ葛藤に苛まれながらも、それゆえにこそアルトの窮地を見捨てることが出来ないイリスは遂にミュリエルに反逆する行為に踏み切ってしまったのだ。 デッド・コピーを全て退けた一行。イリスが結局ミュリエルの元では自身の心が満たされなかったこと、だからと言って“旅団”の皆も裏切ってしまったために戻ることも出来ないことをアルトとリリィの前で吐露する。気にすることは無い、とそんなイリスを赦す2人。だが、そこに現れたのは以前アルトとリリィが戦ったリーゼヴァイスが見せたような黒いゲル状の物質に包まれ、完全な精神制御を受けたベルティルデの姿。イリスの離反を悟ったミュリエルが最後の手駒として送り込んできたのだ。 リーゼヴァイスが使用したオリジナルを含めた特技群に加え、本来持っている特技をフルで使用するベルティルデ。それすらもイリスの黒魔術やリリィのハイアルフ特技によって自在に潜り抜けるクエスターたち。しかし、ミュリエルが用意したベルティルデの本当のコンセプトは複数個所持した戦闘不能復活を盾に≪模造Ⅲ:最後の一撃≫から≪完全影化≫の攻撃を叩き込むこと。そのためにギリギリまで追い詰められてしまうクエスターたちではあったが、最後に明暗を分けたのは≪ストップ≫によってベルティルデの側に≪模造Ⅲ:セカンドアクション≫の一回分、手数が足りなかったこと。 精神操作を受けたベルティルデは昏倒。最後の手駒が尽きたミュリエルは大人しくこの場での戦闘の継続を諦め、PC達の前に姿を見せる。最後にイリスがかけたのは別離の言葉。それでも研究自体を諦めたりはしないと宣言するミュリエルを殺すことはせず、しかしもう二度と会うことはないだろうとミュリエルの元を去るのだった。 名前 コメント すべてのコメントを見る
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173 名前:Nana[sage] 投稿日:2005/11/09(水) 18 56 04 ID HuZ55nyh0 満月の「道化師が~」で右斜めを指している部分以外教えて 187 名前:162[sage] 投稿日:2005/11/10(木) 01 56 18 ID VFlZJcztO 173 満月はそこが分かれば大丈夫かな。 後は太鼓に合わせて手でリズム取るとか、サビで手扇子するだけ。 197 名前:Nana[sage] 投稿日:2005/11/10(木) 10 17 33 ID zskGBtKKO 173 満月は他は 「感情を」で親指で二回自分の胸を指す 「持たず」で胸についた埃を払うような感じで二回撫で下ろす 「ただ眺めてた」で右手眉辺りで遠くを眺めるような仕草 あと間奏のコールくらいかな? ただ眺めてたのあと、すぐ指差しながらアイジーー! から始まって、あとは順にリズムに乗って キリトーー!タケオー!コータっ潤潤!と各メンバー指しながらコール
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こんな嫌な空気は前にもあった。シンの脳裏に苦い思い出が蘇る。 いつ暴発するか分からない銃をこめかみに突きつけられているような、そんな感覚。 「アイツがいたらなんて言っただろうな。『ガルナハンにレシプロ機で帰ってきたことを思い出すな。あの時と同じと思えば苦でもないだろう』……とでも言うか。ま、皮肉のひとつも言えるAIってのは優秀かもしれないが……」 シンはハンドルを握りながら、ここにいないレイに毒づいた。 八つ当たりだが一方で、こういう時に愚痴を聞いてくれる相手がいないのは何とも心寂しいとも思う。 小雪がチラチラ舞う寒空の街道を、一台のトラックが所々白く染まった大地を横目に州都に向かう。 なぜか席にはシンが一人だけ。 ソラとターニャは後ろの荷台に二人は向かい合うようにして座っている。 ガルナハンの冬は極寒だ。 今日は幸いそんなに気温は低くないが、それでも荷台では凍えてしまう。 分厚い防寒着に身を包み、携帯カイロまで懐にして、ソラとターニャはじっと黙ってお互いを見つめていた。 本来はシンとソラが運転席に座り、そしてターニャが荷台に座る事になっていた。 ところがターニャの嫌味が事情を複雑にしてしまう。 「オーブの姫様は、家でじっとしていればいいのに。こんなオンボロトラックじゃあ、か弱いお尻の皮が擦りむけちゃうわよ」 さすがにこうまで言われては、ソラも頭にきた。 ターニャが荷台に乗るとシンが静止する間もなく、今度はソラは自ら荷台に上がりターニャの真向かいに座った。 「ふん、無理しちゃってさ」 ターニャは小ばかにした視線を向けるが、ソラは黙って相手の顔を睨み付ける。 そしてトラックが出発したのだが、以降ずっと二人は無言のままだった。 「……」 「……」 ただお互いの間を嫌悪と侮蔑の視線が交錯する。 暗く淀んだ気配をひしひしと背中に感じる。 どうにもシンはなかなか運転に身が入らない。 対向車の無い田舎道なのが幸いというべきだった。 早く目的地、州都ガルナハンに着いてほしいと思うだけだった。 土地に住む古老はこう言う。 昔この街は炎の街だったと。 カスピ海に面したガルナハンはかつて石油産出で潤った街だ。 無数の石油プラントが立ち並び、鉄塔の先からは幾重もの炎柱を吹き上げる。 まるで焔の森のごとく。 そこでは屈強な男達が一日中、大地の底から吹き出るオイルと格闘し、夕刻には汗と油汚れにまみれて街に帰ってきた。 男達は夜通し酒と女と喧嘩に明け暮れ、朝には再び石油プラントの群れに向かう――。 そんな祭りにも似た活況は永遠に続くと思われたが、石油の枯渇でそれは終わった。 そして今に至る。 東ユーラシア共和国コーカサス州、州都ガルナハン。 ”都”と言う名前がつくだけあって、冬であってもそれなりに人の往来が活発だった。 建物も密集しており、それなりに都会という雰囲気のある町並みである。 電気もきちんと供給されており、店のショーウィンドにはきちんと照明があてられていたが、一方で三つあるライトのうち二つの電球が切れているのに、放置されたままだ。 それに並んでいる商品は少ない感じだった。 中の棚も何も無い空白の棚が結構目立つ。 街の建物の壁にはヒビが入り、所々に穴が空いていて、店に立つ人々もどこか重く、沈んでいた。 ――街は沈黙していた。 (やっぱり……オーブとは違うなあ) 街を中央に走るメインストリートを一望したソラはそう思った。 美しく整った高層ビルの狭間を無数の車や人々が行きかい、店には色とりどり溢れんばかりの様々な品が並ぶ。 絶え間なく喧騒が続くオーブ。 そんなあの国の街並みとはまるで違い、ここは寒々としていた。 「静かな街ですね…」 「俺は詳しくは知らないが、昔石油が採れていた時はかなり賑っていたらしい。でもそれが枯渇してからはすっかりこのザマだ。今は地熱プラントが主流だが、あれは北部や中部地方とここからは随分離れているからな」 「――その地熱プラントも全部オーブ系の外資が握っていて、この州にはおこぼれすら落ちてこないわよ。東ユーラシアの本国政府はオーブの言いなりだからどうしようもないわ。プラントがこの州のものだったら、昔のようにこの街も賑わうのに」 シンの説明にターニャが吐き捨てるようにいう。 「オーブに食いつぶされてるのよ、この国は」 「…」 この街の実情が自分とは直接関わりあいは無い。 しかしソラは何か自分が責められているような気がしてならなかった。 「しかし、この静けさはやっぱりアレのせいかな」 「ああ、アレね」 ソラには二人が何を言っているか分からない。 「シンさん。何なんですか?アレって」 「ほら、アレだ」 そう言うとシンは街角を指差した。 そのずっと先には、ビルの角に佇む装甲車と軍用コートを着込んだ武装軍人が立っている。 「……!?」 「臨検の憲兵達だ。さっき横断した大通りにもいたよ。おそらく街のあちこちに配備されてるんだろう。ちょっとした戒厳令…ってところだな」 街の中を日常的に政府軍の兵士が銃を構えて歩いている。 軍用ジープも警邏のために道を走り回っている。 それを見つめる住人たちの視線は、お世辞にも好意的なものとは言えない。 まるで街全体が息を潜めじっと辺りをうかがう…、そんな感じだった。 「普段はこんなに多くないんだけどね。どこかの誰かさん達が大活躍したから」 皮肉っぽく笑うターニャを横目に見ながら、シンはふと考える。 この警備状況から考えると長居は危険だろう。 今回の任務は二つ。 情報収集と、万が一の時ソラが役所に駆け込む事が出来るよう道を覚えさせる事、つまり道案内だ。 どちらもそれなりに時間はかかるし、三人で回ってたのでは目に付くだろう。 ここは――。 「……ターニャ、ソラ。二人に頼みがある」 「頼みって?」 「何ですか?シンさん」 「実はな……」 シンの次の言葉を聞いた二人は、あからさまに嫌な顔をした。 吐く息。 白い。 吸う空気。 冷たい。 そしてそれらは一様に重かった。 感じるこの気分は、小雪混じりの天気のせいだけじゃない、とソラは思った。 そこかしこに軍人達が立つ、この街の雰囲気のせいもあるだろう。 オーブでも警官や軍人の姿を見かけることこそあったが、それが威圧感や嫌悪感を起こすようなことはなかった。 しかしそれ以上にソラを沈んだ気分にさせていたのは、そばにいるターニャの存在だ。 不愉快、という気配を辺りにみなぎらせてとりつく暇も無い。 「ほら、さっさと歩きな。ボヤボヤすんじゃないよ。ったくグズだね」 足早に歩くターニャになんとかソラはついていく。だが少し離れるとターニャが鬱陶しそうにソラを叱責してきた。 その度にソラは睨み付けるが、彼女の方はまったく意に介さず歩みを止めない。 ソラも一人にされては迷子になってしまうので、仕方なくその後を続く。 今、ここにシンはいない。 街に入ると、シンはターニャにソラの案内をするよう言い残して、リーダーから支持された情報提供者と会うため、二人と別れたのである。 二人には念のため、簡単ではあるが変装をさせている。 本来ならば安全のため原則は三人一緒で行動するようにと、事前に大尉からは言われていた。 しかしそれでは時間がかかり過ぎるとシンは考えたのだ。 街の厳戒状況を考えれば、あまり長居していい状況ではないし、それに三人連れはどうしても目立つ。 職務質問や臨検に引っかかる確立もかなり上がるだろう。 ソラを連れている以上、いつかボロが出る危険が極めて高い。 それはどうしても避けたい事だった。 そこでシンは二人にこう提案してきたのだった。 「この街の状況じゃ長逗留することもできない。仕方が無いが別行動にしよう。俺は情報屋のところに行く。ターニャはソラを案内してやってくれ」 二人の仲の悪さは判っていたが、ここは速やかに仕事を終わらせるのが最上だろうと判断したのだ。 シンの提案にターニャとソラはともに渋面を作ってみせたものの、最終的にそれに従った。 待ち合わせの場所と時刻を打ち合わせ、三人は別れた。 それでソラとターニャは二人きりで行動している、というわけなのだった。 だが――。 「ここの路地は雪が降ると通れなくなるよ。その時は一本向こうの道を迂回してね」 ターニャの案内は素っ気無い、というよりトゲを含んだものだった。 言葉の端々に嫌味をぶつけてくる。 「それにしてもいやな天気だね、雪ばっかりでさ。まあ、常夏のオーブじゃありえない天気だろうけど。気軽でいいね、オーブ人はさ。じゃ、次行くよ」 「……」 ソラの存在などどうでもいいかのように、ターニャは次の目的地に向かう。 今のソラはその背中をむっとした眼差しで見詰めながら、黙ってついていくしかなかった。 ソラとターニャが気まずい時間を過ごしている頃、シンは情報屋と接触していた。 相手は小柄で目つきの鋭い老人。 表向きは街裏路地の奥深くにある、怪しげな漢方薬店の店主なのだが、実は裏ではレジスタンスに協力する情報屋の親父なのである。 外見からしてどこか掴みどころの無い奇妙な気配を漂わせた老人だったが、かえってそれがカモフラージュになるのかもしれない。 ついそんなたわいも無い事をシンは考えてしまう。 暗い店の奥の客間で、何が入っているのか疑ってしまうような臭いのきつい中国茶を勧めながら、その老人はシンに東ユーラシア軍ガルナハン方面部隊の動向に関する情報を説明していた。 「ドーベルマン……」 「ドーベルマン?」 「そう。奴はそう呼ばれておる。治安警察でも結構有名な男でなあ。『猟犬』とも呼ばれておるよ。ご主人様のためにあっちこっちで歯向かう連中を噛み殺して回っとる獰猛な軍用犬というところじゃな。確か……太洋州連合で起きたオセアニア紛争にも出とったはずじゃ。結構な武勲を挙げたと聞いちょるよ。大方その腕を買われてここに来たんじゃんろうな。もっともこっちはあっちのようには上手くいっとらんようじゃが。ヒッヒッヒ」 奇妙に笑うと老人は、きつい異臭を発する茶をずずっと音を立ててすする。 オセアニア紛争は統一地球圏連合の強引なやり方に反発した、反オーブ派の国民と亡命したサフト軍人達が起こした紛争だ。 途中、九十日革命のせいでほとんどの正規軍が抜け、僅かに残った一部の部隊と代わりに動員された治安警察軍の手でなんとか鎮圧したのだった。 もっとも鎮圧したとはいえそれは表向きで、まだ火種は燻っているが。 シンは以前仕入れた知識の記憶を手繰りながらも、向かうべき相手が手ごわい事を認識する。 「手練だな……。それでそのドーベルマンの本名は?」 「本名か?儂も知らんよ。しかし軍の名簿にもそう記載されているし、そのまま呼ばれてもいるんだから仕方がない。それがニックネームなのかどうかは、お前さんには大した問題じゃないじゃろう?」 情報屋の老人はそう言うと、余計な説明は抜きとばかりに説明を再開した。 「もう一度言うが、東ユーラシア軍に治安警察から派遣されている指揮官はドーベルマンという男だ。今のところ、ガルナハン方面への作戦はこいつの指示でほとんど行なわれておる。腕も立つし頭も切れる。あんまり敵にはしたくない奴じゃな。ただな、先刻、お前さん方がアリーでやっこさんの部下を倒しただろう?そのせいで、失敗の責任を取らされて更迭されるか、よくても左遷させられるか、って話が出とる。いたくプライドの高い男のようでな。そのせいであんた達に必ず一矢報いると考えとるらしいわ。文字通り手負いの獣というやつじゃな。くれぐれも用心するんじゃなあ。ヒッヒッヒッ」 「『猟犬』ドーベルマン……か」 老人は再び奇妙に笑うと、その他の情報は纏めてあるからと光学ディスクをシンに押し付ける。 そして話は終わりだとばかりに店の奥に引っ込んでしまった。 これ以上は得るものがないと判断したシンは、ターニャとソラと待ち合わせの場所へ向かう事にする。 「あいつら、喧嘩してなきゃいいんだがなあ……胃が痛い」 こっちの仕事は終わった。 あとはひたすらそれだけをシンは願わずいられなかった。 灰色の空の下、灰色の街並みに囲まれた、灰色の通りを金髪の少女が黙々と歩く。 その後ろを濃い茶色の髪の少女がトコトコとおぼつかなくついてくる。 「あそこの建物が、統一連合の外交官の官舎さ。最悪あそこに駆け込むんだね。確か今はオーブ出身の外交官がいるはずだから。まあ、そいつも、こんな辺鄙な街からはすぐにでも出たいと思っているだろうねえ。どこぞのお姫様と同じで」 「……」 街の中心部にある厳つい建物の並ぶ一角を指してターニャがいう。 ただし相変わらず嫌味を交えて。 ただソラは黙ってそれを聞いていた。 「何、その目つき」 「別に……。何でもありません」 「あっそ」 ムカツク。 うっとおしい。 早くとっとと消えて欲しい。 ターニャの胸の中に吐きたくなる様なドス黒い感情が渦巻く。 自分の後ろをおっかなびっくりついてくるソラを見ると、たまらずそんな感情が体の中からこみ上げてくる。 何も出来ないくせに、誰からも愛され、心配されている少女。 誘拐されたとはいえ、こんな地の果てに来てまで、図々しく厚かましく厚遇されるオーブのお姫様。 それはシンの様子を見ればそれはすぐに分かったし、ターニャにはそれが何より許せなかった。 ソラと自分を見比べてる。 自分の髪の毛は艶も無く、抜け毛や枝毛だらけで満足に手入れもできない無残なもの。 なのにソラの髪は艶やかで、綺麗に整っているもの。 自分の手は野良仕事や冬場の水仕事で、あかぎれやひび割れでボロボロの肌。 なのにソラの手は傷ひとつ無い、透き通るような美しい肌。 同じような歳なのに、ガルナハンに生まれ育ったというだけで、オーブに生まれ育ったというだけでこうも違うのか。 一方は今日の食事にも事欠く貧困にあえぎ、もう一方は”貧困”など辞書の上でしか知らないような全てに満たされた世界にいる。 そして何もない貧しい世界の自分が、裕福な世界に住むソラを今は助けねばならない――。 その事実がターニャの怒りを掻き立てていた。 (……ったく。早く終わらせればいいんだわ) いつまでも考えても仕方がない。 そうすればこの嫌な気分からも解放される。 報酬が入ったら、お爺ちゃんに何かいいものでも買ってあげよう。 ターニャはソラを見ると、いきなり彼女に問いただした。 「で、あんた道順覚えた?」 「え?」 不意に話を向けられてソラは戸惑う。 「道順よ。み・ち・じゅ・ん。ここまでどうやって来るのか。アンタ一人でもう来れるのかい?」 「……だ、大体は……」 「じゃ、ここの二つ前に教えた目印は何?覚えたんでしょう?」 困った。 ターニャへの苛立ちが先行して、肝心なところを聞き逃していたらしい。 「……え、えっと……」 必死に記憶を手繰るが満足に出てこない。 「はぁ?もしかして全然覚えてないの!?何それ!?あんた人の話全然聞いてなかったってわけ?あっきれたっ!」 「ご、ごめんなさい……」 弱々しく謝るソラだったが、ターニャはここぞとばかりに問い詰める。 「せっかくあたしが手取り足取り教えたのにさ!あんたオーブの学校で何学んできたの?貧乏人のいう事は聞かなくってもいいですってか?」 「……」 嫌味が止まらない。 怒りが止まらない。 篭っていた黒い感情が次から次へと口に出てくる。 「ハッ!金持ちオーブの方々は下々の下賎な声なんて耳に届かないわけですかねえ」 「……」 「今からでもさっきの外交官官舎に飛び込めば?さっさとオーブに帰って、こんな貧乏な街のことなんか綺麗さっぱり忘れなよ。ああうらやましいねえ、オーブのお姫様はさ」 「……」 先の見えない貧しい境遇。 自分達を踏み台にして繁栄を謳歌するオーブへの怒り。 自分は麦粥が精一杯なのに、それを拒否したオーブ人への怒り。 うつむく目の前の少女にぶつけるのは筋違いだと、自分の中の誰かが小さな声を上げる。 そんな声はたちまち怒りにかき消され、一向に止まらなかった。 ところが次々と罵声を浴びせていると、黙り込んでいたソラが小声で何か言っているのに、ターニャは気づいた。 「…………」 だがよく聞えない。 見下す様にターニャはソラに言い放つ。 「はぁ?さっぱり聞えないんだけど?何か言いたい事があったらハッキリ言えばあ?お姫様」 とその時、不意に怒鳴り声が響いた。 「もういいかげんにしてって、言ってるのよ!!」 付近を歩いていた人々も何事かと振り向く。 ソラの豹変にターニャも驚いた。 見ればさっきまで子犬のように縮こまっていたソラの様子が一変していた。 「さっきから黙ってれば好き放題言って……!あなたに私の何が分かるってのよ!!オーブのお姫様ぁ?ふざけんじゃないわよ!私はそんな大層な身分じゃないわ!」 肩をいからせ、怒気に満ちた目で睨みつけている。 殺気すら漂ってきそうだ。 「オーブ!オーブ!オーブ!!さっきからそればっかり!!確かに私はオーブ人だけど、あなたにここまで言われる筋合いは無いわよ!」 豹変した様子に戸惑っていたターニャだったが、伊達に戦場を潜り抜けたわけではない。 罵声を張り上げ言い返すターニャに負けじとソラも応戦した。 「黙って聞いてりゃ、偉そうによく言うわね!人の親切土足で蹴飛ばすのがオーブのやり方かい!」 「はぁ?どこが親切?ずっと嫌味ばっかりじゃない。自分が話した事ももうお忘れ?」 「こ、この糞アマ……っっ」 大声を上げての女の子二人の喧嘩に、「どうしたんだ?」「こんな所で喧嘩か?」と道行く人々も驚いて振り向く。 だがそんな周囲の視線を他所に、少女二人の罵りあいが往来で展開していく。 二人の暴走は止まらない。 「あー!ムカツクね!だいたいオーブっていうだけでアタシにとっちゃ、聞いただけでぶち殺したい相手なんだよ!人の国でデカイ顔しやがってさ!」 「何それ!?馬鹿じゃない?私はこの国に何かした覚えなんてないわよ!」 「とぼけんじゃないわよ!アタシの国から何もかも奪って、肥え太ってるのはアンタの国じゃないか!アタシ等が貧しいのは全部アンタ達オーブ人のせいなんだよ!オーブで金持ち生活してるアンタも同罪なんだよ!」 「はあ?私は別に金持ちでも何でもないわよ!バイトだってやってるんだから」 「大した苦労もしてないのに口だけは一丁前だね。こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際なんだよ。おかげで弟も母も死んで、家族はお爺ちゃんだけさ!」 「家族なんて私にはもう誰もいないわよ!」 その言葉を聞いた瞬間、ターニャの勢いが止まった。 「……え?」 「パパもママも死んじゃったわよ!7年間、オーブに連合が攻めてきた時に、私だけ残して死んじゃったんだから……!」 「……」 「あなたにはお爺ちゃんがいるじゃない……!私にはもう誰もいないんだから……。家族は誰もいないんだから……。ずるいよお……」 ソラは大声を上げて泣きだした。 肩を震わせ、蒼い瞳からポロポロと涙を流して。 ターニャの中から怒りが消えていき、代わりに自己嫌悪がこみ上げてくる。 貧しさからソラを嫉妬していた。 しかし実は彼女も自分には無い不幸を抱えていた。 ただ見えなかっただけで。 ふと不幸に酔っ払っていた自分が酷く醜く思えてきた。 「言い過ぎたわ。ごめん」 「そこの二人、いったい何の騒ぎだ?」 不意に怒鳴り声がソラとターニャに降りかかってきた。 見れば憲兵が二人、主婦らしい中年女性に連れられてやってくる。 女性は「あそこです。兵隊さん早くあの子達を止めてやってください」とかいいながらターニャとソラを指差す。 (げっ!マズイ!?) ターニャの中でスイッチが切りかわる。 職務質問されるのは確実だ。 ヘタを打てば捕まる羽目になる。 かといってここで逃げ出せば確実に怪しまれる。 どうする?どうする?と頭の中で思考を張り巡らせる。 白い息を吐きながら、憲兵がターニャに聞いてきた。 「こんな所で大声を上げて喧嘩していたそうだな。いったい何があったんだ?」 「え、えーと……」 自分より遥かに大きい男達に囲まれて、どう答えていいのか回答に詰まってしまう。 「ん?泣いてるのはお前の妹か何かか?」 ターニャの隣でまだぐすっぐすっとしゃくり上げているソラを見て、憲兵は怪訝そうに聞いてきた。 「あ、はい。そうです、そうです。この子が我侭ばっかり言うから、ちょっと叱ったんですけど……」 「だからと言って往来で喧嘩をする奴があるか。お姉ちゃんならしっかりしないと駄目じゃないか」 もっともらしく憲兵が説教をする。 身分証の提示を求められたら、かなりまずい。 いやそれどころかソラがここで憲兵にオーブに帰してと泣きついたら、完全にお終いだ。 早く終わってくれと一心に祈りながらターニャは説教を聞いていた。 「ほら、お穣ちゃん。お姉ちゃんにはちゃんと言っておいたから、もう泣くのは止めな」 憲兵の差し出したハンカチを受け取ると、ソラは涙を拭いた。 「……はい、ありがとうございました」 「二人とも、もう喧嘩はするなよ」 彼等の周囲には何人かの人々が遠巻きに事の成り行きを見守っていたが、「コラ、お前等何を見ている。とっとと消えろ」と、憲兵に言われると足早に立ち去っていく。 すいません、すいませんとターニャは低身平頭で憲兵に謝り、ソラの手を引いてその場を離れようとした。 ところがそれまで黙っていたもう一人の憲兵が二人に声をかけてきた。 「ちょっと待ちなさい。一応身分証を確認させてもらいますよ」 (げ!?) ターニャの背中に冷や汗がどっと出る。 「君、身分証は?早く出しなさい」 「え、いや、あの……」 一応、偽装身分証は持っているしソラのも用意している。 しかしソラはオーブから誘拐された身で、国際手配されているかもしれないのだ。 偽装身分証などという子供だましが通用するのか、今までの経験からすると非常に疑わしかった。 どうする?どうしよう?どうする?どうしよう?どうする?どうしよう? 答えが出てこない。 蛇に睨まれた蛙みたいなものだ。 憲兵が目つきを細めてターニャに言う。 「身分証は?」 その時ソラがすっと片手を上げる。 彼女は道の続く彼方を指差して、小さな声で一言言った。 「パパとママが……」 それを聞いた憲兵達はやれやれという感じで肩をすくめる。 「……君たちの身分証はご両親が持っているのですか。仕方ないですね。次からはちゃんと携帯するように」 そういうと憲兵達はようやくターニャとソラに行くように指示する。 それを聞いたターニャは簡単に礼を言うと、ソラの手を引いて一目散にその場から逃げ出す。 憲兵達の姿が見えなくなったら、すぐさま横の路地に飛び込んで、ほっと胸をなでおろした。 「「はあああああ~っ。助かったあああああ~」 まだ心臓がバクバクしている。 ソラも大きく息を吐いた。 同じように緊張していたらしい。 「……アンタ、何であそこで私を突き出さなかったの?」 「え?」 「私を突き出して事情を説明すればすぐにオーブに帰れたのに。何で?シンが困るから?」 ソラは小さく首を横に振った。 「とっさだったし、それに……」 「それに?」 「嫌だったから」 「?」 「だって卑怯じゃない。そんなの嫌よ。せっかくリーダーもセンセイも私の事を信じてここに送り出してくれたのに。それじゃみんなを裏切る事になっちゃう。そんな事したら、きっと後悔する。それにターニャだって」 「私?」 「うん。私といるのが嫌でも道を教えてくれたじゃない。嫌味はムカついたけど」 「う゛っ。そ、それは……」 「それでもターニャは私が逃げないって信じて教えてくれたんでしょ? 「まーねー。一応シンの紹介した人間だし、その辺はアイツ見る目あるから」 「私ね、私を信じてくれてた人を裏切るのって凄く嫌なの。そういうのって最後は人も自分も幸せにならないと思うから」 「昔からそう思ってんの?」 「うん」 「不器用ねー。戦場じゃ何より自分よ。ぬるま湯のオーブじゃともかく外じゃいつか死ぬわよ、アンタ」 「……かもね」 はーっとターニャは息を継いだ。 やっと落ち着いたらしい。 「とりあえずお礼は言っとくわ………ありがと。ソラ」 屈託の無い笑顔でソラはそれに答えた。 同時刻。 先ほどソラとターニャの二人に職務質問をした憲兵は、持ち場に戻っていた。 しかし一人が何か考え事をしている。 「どうした?何か気になる事でもあるのか?」 「……ちょっと引っかかってな」 「?」 「あの二人の一方、実は手配書で見た事があるような気がしたんだ。俺の勘違いかもしれないが」 「本当か?だったら基地に問い合わせてみるか」 「ああ、そうしてみよう」 そう言うと二人は再び持ち場を離れて行った。 まだシンとの待ち合わせには多少時間にゆとりがあったソラとターニャの二人は、もう一度官公庁街を通ってルートを確認した後、街の公設市場に来ていた。 大きなホール上の建物の中に市場が開いている。 ここは旧世紀のころからある市場で、この地方では雪や雨の対策として屋内に設けられていた。 中では所狭しと露店が並んでいて、肉や野菜、あるいは服や日用雑貨などが売られている。 品数は相変わらず少ないし値段も高い。 しかし街の中と違ってここは人々の活気に満ちていた。 その一角にドネルケバブを売っている露店があった。 聞けばこの地方では比較的ポピュラーな料理らしい。 「食べてく?」 「うん、ちょうどお腹も減ったしね」 露店のひとつに行って二人分頼むと、ターニャは一気にかぶりついた。 隣ではソラが静々と食べてる。 「か~っ!美味っ!肉なんて何ヶ月ぶりかしら。こういう仕事が入らなきゃ絶対食べられないもんね」 脇目も振らずがっつくターニャを横目にソラはふと考えてしまう。 このドネルケバブもオーブではごく当たり前に食べられる料理だ。 それも学校の帰りなど街角で気軽に。 でも貧しいこの国では貴重なご馳走になってしまう。 オーブに生まれた事。 このコーカサス州に生まれた事。 自分の事。 ターニャの事。 二人の違い。 今まで知っていた世界と、今知った世界がソラの中でグルグルと回っていた。 「ソラ、食べないの?食欲ない?」 様子が気になったのか、ターニャが横から声をかけてきた。 「ううん違うの。ちょっと考え事しててね。……ターニャの村の人たちもこういうのってあまり食べられないのかな」 「まあねー。ここの街に住んでりゃともかく、アタシや村の連中みたいな田舎者にはめったに食えないご馳走よ」 「ねえ、ターニャ」 「何よ?ソラ」 「オーブに来てみない?」 ブッ! 危うく噴出しそうになった。 「は、はあ!?ア、アンタいきなり何言い出すのよ!?冗談は止めてくれない?」 「オーブに来ればターニャもいつだって好きな物が食べれるし、オーブの事好きになるかもしれないじゃない。それに頑張ればお金持ちになれるかもしれないし。オーブの事羨ましいってずっと言ってたじゃない」 「そ、そりゃそうだけど……!」 無茶苦茶だ。 途方もない事を言い出したソラにターニャはあっけに取られる。 しかし同時に、ターニャの胸の奥で、まだ見ぬ南国の豊かな国オーブへの憧れがうずき出す。 貧しいこの国で愚痴と恨み言を吐きながら暮らすよりかの国で挑戦する。 それはとてもとても魅力的に思えてきた。 とはいうものの、現実を考えれば出来るわけがない。 燻る願望を振り払うように、あわてて否定する。 「ちょ、ちょっと待って。あのねえ、そんな事できるわけないじゃない。ソラ、アンタ大丈夫?」 「私、本気よ。私を助けた恩人とかで一緒に行けば疑われないわ」 「…………勘弁してほしいわ」 「いーえ、意地でもターニャを一緒にオーブに連れて行くわ。今決めた。もう決めた。絶対に決めた。いくら嫌だって言っても、もう遅いからね!」 「だ、だいたいそんなこと言ってどうするのよ。今だって自分ひとり満足に面倒を見られないくせに!」 「シンさんやリーダーさんに自分が頭を下げてお願いしてでもそうさせるわ。ええ、そうしてみせますとも」 ここまで一気にまくしたててようやくソラが息をついた。 往来で大声を張り上げたせいか、周囲の人間が皆で何事かと二人の少女を見ていた。 ソラは全く気にする様子は無い。興奮しすぎて気付いていないのだろう。 その気迫に気おされたのか、あるいは思わぬ機会が眼前に転がり込んできたせいか、それともただ単に呆れたのか、それはターニャ自身にも分からない。 ただ、彼女の中からソラに向けていた怒りが氷解していったことだけは確かだった。 「あんたって本当に……変な奴」 ターニャはつい笑ってしまう。そのままこらえきれずに、お腹を抱えて笑い出した。 いつの間にかソラも笑い出した。 そして二人はやがて、大声で笑いあっていた。 予定していた集合時間。 集合場所でソラとターニャと合流したシンは、思わず目をむいた。 「な……何があったんだ?あんなに刺々しい雰囲気だったのに…」 シンの知らない間に二人は随分仲良くなっていたようだった。 帰り道、来た時と同じく二人はトラックの荷台に座る。 違うのは、おしゃべりに興じ、満面に笑顔を浮かべながら、楽しく語り合っている姿だった。 「…これだから女の子は分からない」 運転席に座りながらシンはぼやいた そういえばマユも普段は自分の後ろを付いて来るくせに、友達と遊んでいるとき俺は邪魔者扱いだった。 昔を思い出し郷愁といたたまれなさが入り混じった気持ちになるシンであったが、仲のいい二人の様子にシンの気持ちも和んでいた。 険悪なムードよりははるかにいい。それに、ソラにいい友達ができたのは喜ばしい限りだった。 あとはどうやって声を掛けよう。 何故か輪に入り辛いと思うシンであった。 なんとか合流し順調に村の近くまで来て一安心。 そう思った矢先の事だった。 「何だ、あのヘリは? 」 サイドミラーに映ったヘリをシンがいぶかしむ。 政府軍の哨戒ヘリが飛んでいる。 それは別におかしくない。しかし変なのは、どう考えてもこちらの方向に向かって飛んできていると思われるところだ。 (まさか、ターニャの村へレジスタンス狩りをしようとしている?) ターニャの村も、わずかばかりだが反政府軍への援助をしている。 それが発覚したのでは、とシンは緊張する。 場合によっては、大尉たちに緊急連絡を入れる必要があるだろう。 その予測は外れた……最悪の方向に。 一気にヘリコプターはシンたちのトラックとの間合いを詰めると、いきなり警告すらせずに、機関銃を放ったのだった。 一撃目をよけられたのは奇跡に近い。 無意識のうちにヘリの行動を読んで、大きくハンドルを切ったおかげだ。いきなりでおそらく後ろの二人はとんでもない目に合っているだろうが、気を遣っている余裕はなかった。 「揺れるぞ! 舌を噛まないようにしろ!」 それだけ言うのが精一杯だ。 シンは一気にアクセルを全開にした。オンボロトラックは、運転手の乱暴な扱いに悲鳴を上げるかのごとく、きしむようなエンジン音を立て、雪交じりの泥を跳ね上げた。 街での和解に気の緩んだターニャが変装のための帽子とマフラーをはずし、それが警備の兵士の目に止まってしまったのだ。九十日革命のメンバーで、今ではレジスタンスの協力者としてマークされていたターニャの正体はあっさりとばれてしまい、ヘリでの追跡がなされたというわけである。 「生きても死んでも構わん。ただし、逃がすな」 下された命令にヘリは忠実に従い、トラックへの攻撃を続けている。 もっとも、そんな経緯などシンには知ったことではない。ただ、一心不乱にハンドルを握り、アクセルを踏み込むばかりである。 ターニャとソラは、荷台の縁に必死にしがみついている。事態はよく飲み込めないまま、それでも何かトラブルが起きたことだけは理解し、幌の中でただじっとしているだけだった。 (畜生、せめて反撃できれば) 最悪の事態を予想して、荷台には対モビルスーツ用の携行武器が積まれている。 それさえ使えれば何とか事態も打開できるのだが。 シンは自分のミスに歯噛みした。 トラックを運転できるターニャは荷台にいる。 運転を交代することはできない。 しかも二人の仲の良さに気をとられて、武器を助手席に移し変えるのを怠っていた。 かと言って停車すれば、射撃のよい的になるだけの話だった。 結局、必死によけ続けるしか手立てはない。 ダストを操る時のような神業的な操縦、というわけにはいかないがそれでもシンは持てる腕を発揮してヘリの攻撃をかわし続ける。右に左に、必死にハンドルを切りながら。 しかし、野菜運び用の旧式トラックでは、限界があった。 何回目かの射撃。ヘリからの銃弾は狙いをはずしたものの、左の前輪をかすめタイヤを破裂させることに成功した。 態勢を立て直す暇も与えられず、そのままトラックは荷物を撒き散らしながら横転する。 「きゃあ!」 荷台から投げ出されたソラは悲鳴をあげた。野菜の袋がクッションになって怪我こそ免れたが、衝撃で一瞬記憶が飛ぶ。気づけば、その体は道端に倒れ、ジャガイモに埋まっていた。 動こうとするが、気が動転しているせいか、手足が思うように動かない。 「ソラ、大丈夫!? 逃げないと!」 一足早く正気を取り戻したターニャがソラに気づいた。そちらに近づく。 その後に起こった出来事を、ソラは生涯忘れることはなかった。 旧式のトラックは、時代遅れのガソリンを燃料にしていた。 漏れ出した燃料に運悪く引火して、そのままソラの正面、駆け寄るターニャの背後で爆発が起こったのだ。 「危ない!」 意図したのか、偶然かは分からない。しかし、ソラの手を引っ張っていたターニャは、その爆発からソラをかばう格好になった。 その瞬間、ソラにはスローモーションに見えた。大きな破片がいくつも飛んできて、そのうちの一つがターニャの頭に当たる。 糸が切れた人形の様にターニャはソラの胸に倒れこんだ。 次の瞬間、ソラの顔や服に生暖かいものが降りかかる。 一瞬何が起きたのか理解できないソラだったがターニャを受け止めた手を見て否応もなく理解させられる。 ――ソラの両手はターニャの血で染まってたのだ。 「あ、ああ……嫌……嫌ぁぁぁぁぁっ!」 ソラの悲鳴が響き渡った。 その声が聞こえたのか二人の姿を認めたヘリがそちらに注意を向ける。 同時にトラックの爆発を免れたシンが、ようやく投げ出された荷物の中からグレネードランチャーを探し当てていた。 狙いをつけるのももどかしく、引き金を引く。 狙いが甘かったのか直撃こそしなかったものの、ランチャーはヘリの脇腹をかすめ至近距離で爆発する。 ヘリはかろうじてコントロールを保ちながら、必死に姿勢を立て直した。 しかし、その機体からは煙が噴き出している。これ以上の戦闘続行は不可能と判断してか、そのまま元来た方向へと戻っていった。 辛うじて迎撃が間に合ったシンは息をつく。 しかし、すべては遅すぎた。 シンもソラも必死で応急手当をしたがターニャの傷は酷く。 もはや助からないのは明らかだった。 頭の傷も酷かったが、それ以上に背中の傷が酷かった。 大きな破片がいくつも突き刺さっていたのだ。 シンは呆然と立ち尽くし、ソラはターニャを膝枕にしながらその手を握り締める事しか出来なかった。 不意に、ターニャが目を開いた。ソラは叫ぶ。 「ターニャお願い、死なないで!せっかく友達になれたのに、せっかく、せっかく……」 その後は涙で声にならなかった。その声が微かに聞こえたのか、ターニャが消えるような小さな声でつぶやいた。 「ソラ……アンタ、あったかいよね……冷たくならな……」 最後にそう言葉を残し、そのまま目を閉じるのを、泣きながら看取るのが精一杯だった。 連絡を受けた大尉たちが現場にかけつけるまで、かなりの時間が過ぎた。 それでもその間ずっとソラは、力を失い冷たくなったターニャの手を握り続けていた。 簡単な後始末が終わると大尉は何も言わずシンを殴りつけた。 一撃でシンの体は吹き飛ばされ岩場にたたきつけられる。 そこには微塵の加減も見られない。他のメンバーは痛々しさに視線をそらしたが、大尉を止めるものは誰もいなかった。それだけのミスを犯してしまったのだから。 「お前は二つミスをした。分かるか? 一つは街で女の子二人だけで行動させたこと!」 岩にもたれ掛かりながらも倒れまいと踏ん張るシンの胸倉を掴み上げた大尉は反対側の頬を殴る。シンの鼻と口から血が滴り落ちた。 「もう一つは不測の事態に備えて、武器をいつでも使える状態で行動しなかったことだ!」 大尉は殴る手を休めなかった。 三発、四発、次々と拳を打ち下ろす。 「何のためにお前が付いていった!これじゃ何の意味もないだろうが!」 シンの顔の形が変形する程殴ると、ようやく大尉は拳を止め解放した。 「……言い訳をしなかった事だけは褒めてやる。だがなお前のした事は殴っただけで済むミスではないし、もう取り返すこともできん。だからせめてターニャのお爺さんには、お前の口で全てを伝えろ」 大尉はメンバーに向き直ると、指示を飛ばした。 いつ政府軍が再び襲ってくるとも限らないので一刻も早く撤退する必要があるのだ。 大尉の容赦ない鉄拳を浴びせられたシンは、俯いたまま立ち尽くしていた。 頬の痛さよりも心の痛さがシンを責め立てる。 その傍らに人影が立った。ソラだった。 ソラの目は真っ赤になっていたが、もう涙はこぼれていなかった。もはや流しつくしたということか。 「シンさん……」 ソラは心ここにあらず、といった様子でつぶやいた。 「私、ターニャと約束したんです。一緒にオーブに行こうって」 シンは黙っている。言葉のかけようがなかった。 「オーブで色んなことをしようって。たくさん話をしました。笑いながら話していたんです、ついさっきまで。でも、もう手が冷たくて、目が二度と開かないんですよ」 ソラの言葉がシンの心をえぐる。しかしシンは耳を塞ぐ事も無く。 そして逃げる事も弁解する事もせず、ただソラを見ていた。誰よりもつらいのはソラだと分かっていたから。 気づけば雪は止んでいた。 積もった雪が、月明かりに照らされてぼんやりと光っている。 この場所で、一人の命が失われたことなど、信じられないような穏やかな雪景色だった。
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『…先日シドニーで発生したデモ隊への発砲事件ですが、その後の調査でデモ隊の中に武装したテロリストがいた事が判明したと、今日警察発表がありました…』 大きい平面液晶TVの中で、女性キャスターが淡々とニュースを読み上げる。 広々としたリビングに、明かりは灯っていない。暗い。 TVの光がソファに座り、水割りを傾けるアスランを、ぼんやりと照らす。 『これがそのテロリストが持っていた武器です。携帯型のロケット砲で…』 "証拠"とされる武器の写真が大きく映った。 キャスターが隣りに座るコメンテイターに感想を求める。 『いや、恐ろしいですね。当初平和的なデモであったとされ、発砲した治安警察に厳しい批判が出たのですが、真相が明るみになった今では、治安警察の方に先見の明があったといわざるを得ません…』 模範解答だな。 アスランは胸の中で毒気つく。 情報管理省のダコスタはさぞ笑っているだろう。全て予定通りだ、と。 TVは相変わらず"官製"ニュースを流し続ける 『…オロファトでの戦勝記念パレード襲撃事件もそうですし、テロリストはどこに潜んでいるのか分からないという事です。私達も…』 アスランは全て知っている。 その"証拠"がどこから出てきたのか。何故穏当な抗議デモが武装テロリストにされたのか。 誰がシナリオを練っているのか。 "見えない敵"テロリストへ脅威を煽ることで、オノゴロの事件で失態を犯した軍や治安当局への批判をかわす。 さらに国民の結束も喚起し、また政府への表立った批判もしにくくなる。 シドニーのデモ隊は生贄にされたのだ。敵対する者全てへの警告としての。 統一連合に逆らうものは"テロリスト"として処断される――と。だが。 「……これじゃ…」 アスランの脳裏に事件現場の惨状が蘇る。 地面に散乱する壊れたプラカードや抗議の旗。アスファルトに残された赤黒い血痕の数々。 そして重なるように残された子供用の小さな靴――。 「…これじゃあ何も変わらないじゃないか!!」 絨毯にたたき付けられたグラスが割れる。 しかしその音を聞くのはアスランの他に誰もいない。 オーブの首都オノゴロの一等地に建てられたアスラン=ザラの邸宅。しかし広い自宅にいるのは彼一人。 TVからはいつの間にか別のニュースが流れていた。 『次はお買い物をするワンちゃんのニュースです…』 同刻 治安警察省本部ビル。 ほとんどのオフィスが今日の仕事を終えたなかで、深夜にも関わらず明かりを灯し、いくつか残業に励んでいる場所がある。 その中に、メイリン=ザラのオフィスもあった。 一人残ったメイリンはPCに向かい、明日提出するオーストラリアでのデモ隊への発砲事件に関する最終報告書をまとめあげていた。 何度も目を通し、間違いは無いか推敲する。これまで幾度と無くやってきた事務作業だ。 そう、事務作業。 あの事件後、彼女ら治安警察のちょっとした書類操作で、何百という人間が社会的に抹殺され奈落の底に突き落とされた。 その十数時間前には彼女のデモ隊への発砲命令によって、何十人もの命が散った。 紙切れ一枚。 命令一声。 ほんのわずかな行為で、人の命を消滅させることが出来る。そういう立場にメイリンはいる。 5年前の大戦で散った姉、ルナマリアが今の自分を見たらどう思うだろうか? ――クスクス ふと、笑いがこぼれる。 「…平和のためよ。…そう、平和のため」 5年前、ラクス=クラインとともに祖国プラントと戦った時と何も変わっていない。 引き金を引くのと、書類一枚で人の人生を変えるのと、何が違うというのだろうか? そして"平和のため"に、という理由はどちらも同じなのに。 「あの人は、悩んでいるみたいだけど…ね」 メイリンは自分の夫を思い浮かべる。アスランは現場に訪れたという。今頃、妻の行状に憤慨しているだろうか。 それともその裏の事情を知って、やるせなくなっているのだろうか。 今回のシナリオが治安警察上層部で最初から練られたものだった事。情報管理省はもちろん、軍や現地警察も最初から知っていた事。 そしてオーストラリアのデモ隊は、政府支持の世論形成のために生贄にされたという事を。 「これでオノゴロでの主席暗殺未遂事件と併せて、しばらく国民の目は反政府運動…いえ、テロリストへの反発に向くわね。政府にしても景気が悪いは彼らの活動によって政策が足を引っぱられているから、という言い訳も出来る」 敵を作り出し国民の結束を図る…古典的な世論誘導ね、とメイリンは考える。 PCのキーを叩きファイルを呼び出し、パスワードを入れる。 『ガルナハンの近郊におけるレジスタンス活動の実情』 一見するとただの状況報告書だが、機密レベルはトップクラスに設定されていた。 本来であればメイリンが閲覧できるものではない。 しかしこれがあえてライヒ長官から彼女に渡された理由は、その中身にあった。 『カテゴリーS:シン・アスカ』 ライヒは暗にこう言っているのだ。 ドーベルが失敗すれば次はメイリンがリヴァイヴ、否シン・アスカの討伐任務を負う、と。 かつて戦友であったという関係が、敵を知る者として着目されたのは明らかだ。 一見するとば残酷とも思える任務。 しかしメイリンは笑っていた。 彼女は喜んでいた。 心の底から。 ――クスクス シン・アスカ。 死んだ姉、ルナマリアの仇。 今も時折見る悪夢の源。 それを潰せるチャンスがまさか自分に巡ってこようとは! ――クスクス ――クスクス 笑いが、笑いが止まらない。 魔女の嘲笑が誰もいないオフィスに低く、静かに響いていった。 「いたせりつくせりだ」 「何がです?」 「この基地だよ」 ユウナ=ロマ=セイランは書籍に囲まれた自室で、ほっと呟いた。 少し高級そうな応接テーブルの向こうでは、中尉が手持ちのカードを眺めている。 レジスタンス組織『リヴァイブ』の本拠は5年前に放棄された連合のローエングリン基地を再利用したものだ。 だから基地を稼動させる発電システムも地下に作られている。 それも比較的新しい型の地熱発電プラントだ。 5年前の大戦でこの基地はザフトの、それもシンのいたミネルバ隊に破壊されたが、幸い地下施設は生き残っていた。 この組織を立ち上げる時、それをそのまま再利用させてもらって以来、ここが本拠になっている。 おかげで冷暖房はもちろんMS用の電源にも事欠かない。 またユウナの自室も残った高級士官用の部屋を使っている。 「廃品利用ですがね」 「リサイクルと言ってくれよ。これだけのものはそうはないさ。汝と我を引き合わせし神の加護に、万感の感謝を…ってところかな」 仮面のリーダーはいつもこうだ。中尉は内心苦笑したが、同時にこう呟いた。 「神の加護ですか…。でも、これからはどうですかね」 「オーブ本国からの侵攻部隊か」 「ええ」 ユウナは考える。 東ユーラシア軍、ガルナハン方面部隊のMS部隊はもちろん、彼らの切り札、大型MA"ムラマサ"まで撃破した。 これで軍は強引な手段を取れなくなっただろう。 あとはこちらがコーカサス州州政府に武力闘争の停止する妥協案を提示するか、のタイミングの問題だ。 上手くいけば州政府を仲介する形で東ユーラシア共和国政府との政治決着をさせる。 この地方にエネルギー自治権さえ手に入れれば、住人も飢えと寒さに苦しむことも無くなる。またゲリラ戦の泥沼化は東ユーアシア政府も含めて誰も望むものではない。 「あとはこちらがカードを切り出すタイミングの問題だ。ただ……」 「ソラちゃんの事ですね」 中尉がユウナの思案をつく。 「一応、手は打ってあるよ。スポンサーの方にも話は通してある」 「…スポンサーですか」 レジスタンスとはいえ活動資金を必要とする。それは反政府的な地元の名士である場合もあるが、通常それだけでは活動資金は賄えない。 多くの場合、有力なスポンサーは反オーブ系の国家や外資系企業である。リヴァイブもそれは例外ではなかった。 これを知るのはユウナや大尉、センセイを含め上層部の数人に限られている。中尉もそのひとりだ。 機密事項に含まれるため、ほとんど口外できないが、今なら問題はない。 それは分かっていても、中尉の心象には釈然としない思いがいつもつのる。 今度はユウナが彼を察したのか、素早く話題を変えた。 「…そういえばソラちゃんは寒い思いをしていないかい?」 「ええ、彼女の部屋は私達のよりずっといい場所にしましたからね。でないと持たないですから」 こういうところに自然と気が利くのもこのリーダーの取り得のひとつだろう。 リヴァイブでは男は基本的に6人部屋、女性は2人部屋だ。個室を持っているのはユウナとソラだけになる。 「ところでリーダー。そろそろカードも神に賭けますか?」 「もちろん。今度こそ勝利の女神は僕に微笑むよ」 いささか芝居がかった調子でユウナは中尉に応じた。 オープン。結果は…。 「うっそお!?またあ!!?」 「今度も私の勝ちですね。支払いは次の給料日でいいですよ」 頭を抱えゲンナリと落ち込むリーダーの姿に、中尉はまた苦笑した。 その時、不意に内線電話が入った。 「もしもし…。リーダー、大尉からです」 ユウナが受話器を受け取る。 「大尉か、僕だ。……例の件だな………うん…よし、分かった」 引き締まったその表情に、さっきまでの道化姿はもう無かった。 部屋の暖房が暖かい。 さっき廊下で会ったシゲトがいうには、もうすぐ雪が降るそうだ。 初めて見るんだっけ、オーブじゃ雪なんて降ったことないからなあ、とソラは思った。 この基地は地下基地なのでソラの監禁されている部屋――今ではソラの自室のようなものだが――にも窓はない。暖房と電灯の他にはベッドと椅子と机と洋服タンスが一つあるだけ。 だから外の様子は分からないが、暖房がついているにも関わらず地面から僅かに伝わってくる寒さが、この地方独特の冬の厳しさを教えていた。 セーターや厚手の靴下などいろんな冬服のおかげで、とりあえずは大丈夫だ。 これらを持って来てくれたコニールは「冷え症は女の敵だ」とよく判らない一言を付け加えていたが。 ふと退屈まぎれに、仮面のリーダーが持ち込んだ本を適当にとって読んでみる。 『ローマ興亡記』というタイトルの分厚い本だった。 リーダーがここに持ち込んだのだ。それも小さい文字で書いた難しそうな本を、たくさんぎっしりと木箱に詰め込んで。これはその中の一冊だ。 「時間を持て余すのももったいないし、じっくり本でも読んでみないかい?本はいいよ。心の世界を広げてくれるから」と、リーダーはいつもの調子でそう言っていた。 試しにベッドに横になりながら読んでみたが、数ページめくったところで、眠気が襲う。 いつの間にかソラはそのまま眠りこんでしまった。小さな寝息を立てて。 しかしそれもすぐに覚まされる事になる。 「わあ…、あの山凄い…。真っ白ぉ…」 数時間後。 粉雪が降りしきる荒野の道を、一台のトラックが走っていた。 乗っているのは二人の男女。運転するシンと助手席に座るソラだった。 二人とも微厚い防寒着に身を包んでいる。 シンがじっと前を見て運転している横で、ソラは飽きもせず雪を眺めていた。 よほど珍しいのだろう。 時折、吐く息で曇った窓ガラスを吹いて、薄く白銀に染まった荒野をずっと見つめている。 シンは夢中になっているソラの様子に、愉快そうに小さく笑った。 「…ソラは雪は、初めてか?」 「は、はい!だってオーブじゃ全然降らないから…」 「外の気温は低いぞ。-15℃ってところか」 「えーーっ?そんなに寒いんですか!?」 「それでもまだ"暖かい"方さ。酷い時には-40℃まで下がる」 「マ、マイナス40℃!?」 「そうだ。寒すぎてカメラのレンズが割れたとか、オイルが凍って動かないとか、いろいろトラブルも起こる。雪だって降り過ぎれば、道が埋もれて外界と隔絶される」 「大変なんですね…」 「でもここに住んでる人たちにとっては、それが当たり前なんだ」 ソラは「はー…」と驚きなのか感嘆なのか分からないため息をひとつつくと、また白銀に染まった外の景色に目を移す。 「あと2時間ぐらいで、目的地の村につく。今日はそこで一泊だ」 「…あ、はい」 いつもならここでAIレイが余計な一言を突っ込んでくるのだろうが、今は沈黙している。 ダストから離れすぎてアクセス圏外なのだ。おしゃべりな時計も今はただの時計だ。 ソラを横目に、シンは思い出す。 つい先刻下された、奇妙な命令を。 二人がトラックで旅路に出る数時間前のリヴァイブ、ローエグリン本拠地。 「情報収集?わざわざガナルハンまで?」 「わ、私もですか!?」 すっとんきょうな声が食堂に響く。 シンとソラはユウナに食堂まで呼び出され、特別任務を受けていた。 ユウナの横には大尉とセンセイがいる。 目を丸くしてお互いを見る二人に、ユウナは続ける。 「目的は二つ。ひとつは協力者を仲介して、州都ガルナハンで現在の東ユーラシア軍に関しての情報を得ること。もうひとつはソラちゃんに州都の下見をさせる事」 特に後者に関してユウナは、念入りにソラに言った。 「…ソラちゃんををオーブに帰すためにいくつか手は打っているけど、最悪の場合も考えなきゃならない」 「最悪の場合……って…?」 「ここが襲撃されて、潰れるとか」 「!?」 「ユウナ!!」 猛るシンの前にユウナはすっと指を立てる。 落ち着け、というジェスチャーだ。 「もちろんそうならないように最善の努力はするけどね。だけど万が一って事もある。その場合は州都近隣で開放、あとは一人でやる、という事になる。その万が一のために、街の下見をしてもらうんだ。外国人に関する役所はこの近辺じゃあそこしかないからね。その場所の確認だよ」 ソラの表情が不安に曇る。 遠い異国の地に来ながら、なんだかんだで誰かの保護を受けて生きてきたのだ。 それが無くなるかもしれない――。 その時、僅かに震えるソラの肩をシンが手を置く。 「ユウナ。それはあくまで万が一の備えという事だな」 「そうだよ」 「だったら…」 と、そこまでシンが言いかけたときシンの右腕、AIレイが割って入った。 『気分転換にはいい機会じゃないか、シン』 「レイ!?」 『こんな穴倉の中に、いつまでもソラを閉じ込めておく方が問題だろう。しかしセンセイ、これでの打ち合わせではソラは基地の外に出さない決まりだったと思うが。どういう風の吹き回しだ?代替案はいくらでもあると思うが』 話を振られたセンセイだったが、予想されていた問いだっただろう。静かにレイに返す。 「リスクがあるのは理解しているわ。だから地図を見せる、他にも携帯ナビゲーションを持たせるとかいろいろ考えたわよ。でもこればっかりはやっぱり直に行かないと、どうにもならないっていうのが私と大尉、リーダーの結論よ。」 『…僅かながらでも土地勘を持ってもらおうというわけだな』 「そういう事だから、ソラちゃんもシンもいい?」 「わ、分かりました」 少し戸惑うソラの横で、シンが無言でうなずく。 「それと東ユーラシア軍の情報の方だが、先日手に入る報せが入った。仲介者を介してガルナハンで受け取る手はずになっている。仲介者の名前はそれに書いてある」 大尉が渡したメモには、シンにとっては既知の名前があった。 「…ターニャか。アイツまだレジスタンスやってたんだな」 「というか、情報屋だな。あっちこっちに人脈を作って、右に左に情報を流したり、仲立やって稼いでいるらしい。ま、今のところ一応俺達の味方だ」 ユウナが二人を気遣う。 「何にせよ、ガルナハンは敵の中心地にある街だ。二人とも細心の注意を払って行動してくれ。もしもの場合は、任務を放棄しても構わない。まずは無事に帰還すること。いいね」 『…俺は通信圏外だから二人のサポートできない。ソラ、シンの聞き分けが無かったら、お尻を引っぱたいても構わないぞ』 「あのな、レイ」 『お前の無鉄砲ぶりは俺が一番良く知っているからな。俺としてはソラよりもシンを一人にする方が心配だ。全く向こう見ずな弟を持った兄の気分だよ』 「はいはい、しっかり注意しますよ。"レイ兄さん"」 『肝に命じておけよ。"弟"よ』 まるでどこかの兄弟漫才を演じる様な二人の会話に、周囲で和んだ笑いや苦笑が溢れる。 いつのまにかソラもたまらず笑っていた。 そしてシンとソラは、二人っきりで、古ぼけたトラックに乗って旅路に出る事になる。 基地の位置を知られないために、ソラには耳栓と目隠しをして出発する事となったが、今ではそれも外されている。 だからだろうか。 生まれて初めて見た雪景色に、ソラはすっかり心を奪われたのは。 シンは単調な運転を続けながら、そんな風に思った。 ――長い長い国境のトンネルを抜けると、そこは雪国であった…。 いつかリーダーが芝居がかって言ったフレーズが、ふと脳裏に浮かんではすぐに消えた。 それからさらに走ること約2時間。 さっきまで降っていた雪も、いつのまにか止んでいる。 街道と荒地の道をいくつか通り過ぎると、二人のトラックは小さな村に入っていく。 そこを通り過ぎて村はずれに続く一本道を真っ直ぐに進むと、しばらくして麦畑に囲まれた小さな一軒家があった。 小さな養鶏小屋に物置小屋がそばにある。 「なんとか日暮れ前にはついたな」 シンの言葉に、ここが今日の宿なんだと、ソラは知った。 「おーい、誰かいないか?」 シンが年代物の木の扉をノックするが、返事がない。 なんとなくソラは目の前の農家を見てみる。 酷く粗末な家だった。 相当な年代を経ているのだろうか、扉はもちろん屋根も壁も、すっかり色あせ、あちこちがひび割れ欠けている。 オーブにはこんな家は一軒もないだろう。 まるで廃屋だ。 …ここに本当に人が住んでいるのかしら? ソラはそう思わずにはいられなかった。 中から返事が無いので、シンがさらに大きな声をあげて、ドアを叩く。 「おーい、俺だ!シン・アスカだ!」 と、その時。 「っるさいわね…!デカい声張り上げなくても聞こえてるわよ!!」 家の横から、あまり手入れの行き届いていない長い金髪を三つ編みにした、一人の少女が出てきた。 薪を抱えながら、少し鋭い目つきでこちらを睨みつけている。 ありあわせの服を着込んだ風体は、真新しい防寒着に身を包んだシンとソラに比べると、ひどくみすぼらしい。 そんな少女にシンは気兼ねなく声をかける。 「やあ、ターニャ」 「あんまりドア、ガンガン叩かないでくれる?ただでさえボロなんだから。壊れたら弁償してもらうからね、シン」 「リーダーに新品を頼んでおくよ」 「その時は輸入のいい奴をよろしくね。…でも、意外に早かったわね。着くのは夜かと思ってたのに」 「日暮れ前には着かないとな。万が一の事があったら凍死しかねん」 「もしもの時には、お悔やみだけは出しとくわよ。一応、義理として」 「義理かよ。ひでえな」 顔なじみ同士で交わされる会話に、ソラはすっかり置いてきぼり。 見知らぬ土地に一人で放り出されたような、不安が募る。 思わずソラは二人に声をかけた。 「あ、あのっ。すいませんっ」 と、そこまで言いかけたとき、タ-ニャがソラに目を向けてきた。 「…シン。さっきから横にいるその娘は何?」 シンはソラの横に立って、改めて紹介する。 「ああ、紹介するよ。彼女はソラ・ヒダカ。訳あって俺達のところにいるんだ」 「は、はじめまして…、ソラ・ヒダカです。よろしくお願いします」 少し戸惑いながらもソラは、ターニャにお辞儀をした。 しかしターニャは意に介さず、まじまじとソラを見詰める。まるで値踏みしているようだ。 何か気に障ることでもしたのだろうか?ソラの体が緊張でこわばる。 そんなソラにターニャはお構い無しに言い放つ。 「シン…。もしかしてこの娘、アンタのところの新入り?」 「ち、違います!」 「ソラは俺達の組織とは無関係だ。ソラはオーブ人で…」 「げっ、オーブ人!?」 それを聞いたターニャは素っ頓狂な声を上げた。 「?」 「ちょっと待ってよ、シン!そんな話聞いてないわよ!」 「お、おいターニャ…」 「タレコミの仲介ならともかく、誘拐の身代金交渉はアタシは無理!?ダメ、パス!他を当たってくれない?報酬はデカいかもしれないけど、全然自信ないから!?」 オーブ人という言葉に、ターニャは勘違しているらしい。 "リヴァイブがソラを誘拐して、身代金を得ようとしている"と。 確かに反政府レジスタンスの元にオーブの民間人、という組み合わせなら、そう思われても無理は無いだろう。 あわててシンが取り成す。 「な、何、勘違いしてるんだよ!ソラは人質でもなんでもない!何と言うか…」 慎重に言葉を選ぶ。 「客人だ」 「…きゃ、客人?オーブからのぉ?」 「ああ、ちょっと訳ありでな」 「…ふ~ん」 ターニャがいぶかしげに見る。 「…ソラ・ヒダカさんだっけ?」 「そ、そうですが」 「アタシはタチアナ・アルタニャン。ターニャでいいわ。よろしく」 「…は、はい」 頭一つ高い身長から、自分を見下ろすターニャの視線に、ちょっとソラは居心地の悪いものを感じた。 「話はもう済んだかの?お三方」 いつの間にかドアが開かれ、腰の曲がった老人が、笑顔で三人を出迎えていた。 「これ、ターニャ。いつまでもお客さんを玄関で待たす奴があるか。風邪でも引かれたらどうする 「ゴメン、爺ちゃん」 「お久しぶりです。今日は一晩ご厄介になります」 老人にシンが丁寧にお辞儀をする。それを見たソラも慌ててお辞儀をした。 「は、はじめまして!ソラ・ヒダカです!今晩お世話になります!」 「よう来なさったの、シンさん。…それからソラさんも。まあ、何もないあばら屋ですがの。ゆっくりしていって下さいな」 人懐っこそうな笑みで、老人は二人を我が家へ迎え入れてくれた。 水を汲んではバケツに入れて、厨房まで運ぶ。 水を汲んではバケツに入れて、厨房まで運ぶ。 水を汲んでは……以後繰り返し。 「…お腹減ったなあ」 西日が山裾に消えようとする頃、ソラは裏の井戸から水を汲んでいた。 手袋をしているのに、指先が冷たさでかじかんでくる。 はーっと息を吹きかけていると、近くで薪割りをしていたシンが声をかけてきた。 「寒いか?ソラ。何だったら後は俺がやっておこうか」 「い、いいえ。大丈夫です。ただ…」 「ただ?」 「こんな事するとは思わなかったですから…」 「全くだ」 シンは少し苦笑した。 家に入るや否や、シンとソラはターニャに家事手伝いを命じられた。 ソラは水汲み。シンは薪割り。 そしてターニャは夕飯の準備をしていた。 煙突から立ち上る煙が、薄暗くなった夕空に消えていく。 『働かざるもの食うべからず。ウチはお客といえど、特別扱いしないよ』と、いうのがターニャの決め台詞。 「まあ、仕方ないさ。家主様には逆らえない。家から叩き出されて、朝には氷漬けなんてのはゴメンだしな」 ヤレヤレとコミカルに肩をすくめて見せるシンに、ソラは思わずクスッと笑った。 「そろそろ、メシも出来る頃だろう。中に入ろう」 ペチカの火が煌々と家の中を暖める。 木製のテーブに用意された席は4つ。 ターニャの祖父とソラは先に席について待っている。 奥の厨房ではシンがターニャを手伝っていた。 …少しは変わったものが食べられるかなあ。 ソラは少し期待に胸を膨らませていた。 リヴァイブでの食事はその性格上、保存食や野戦食のようなものが中心になってしまう。 黒パンや干し肉、野菜の酢漬け、ふかしジャガイモのポテトマッシュ…etc。少しマシなもので、川魚の干物。 正直、もう飽き飽きしていたのだ。 鶏小屋もあったんだから、スクランブルエッグやローストチキンぐらい出ないかしら…。 思わず渇きが募る。 寮の夕食で出されるふかふかの白いパンや、新鮮な魚のグリルに野菜サラダ。 学校の帰りに友達と食べた甘いクレープや、冷たいチョコパフェ。 オーブでは当たり前のように食べていたものが、今は恋しくて恋しくて仕方が無かった。 「お待たせ~」 ようやくターニャが厨房から、出来た料理を持ってくる。シンもそれに続く。 ところが出された料理を見て、ソラは目を見張った。 少し大きめの椀に一杯の麦粥。 麦だけでなく雑穀も混ざっているようだ。 しかしたったそれだけ。他には何も無かった。 独特の匂いがツンと鼻を突く。嫌な匂い。 ターニャの祖父が全員席に着いたのを見計らって、祈りを捧げる。 「…天にまします我らの父よ。今日も我らに糧をお与え下さり感謝いたします……」 隣に座るシンも対面のターニャも静かに祈り、最後に「いただきます」と唱和した。 ターニャ、彼女の祖父は当たり前のように食べ始めた。もちろんシンも。 このままじっとしていても仕方が無い。 やむなくソラも一口食べてみる。 口に入れた瞬間、耐え難い食感が襲う。 ………まずい。 とてもまずい。 オーブでこんなものを人に食べさせる所はない。リヴァイブでも。 ソラには信じられなかった。だから。 「これ…食べ物?」 つい小さな声で口に出た。 思わず本音が。 パンッ。 その瞬間、ソラは何をされたのか判らなかった。ただただ右頬が熱い。 ターニャの平手が飛んでいた。 「だったら帰ったら?オーブのお姫様」 怒りと敵意に染まった目で、ターニャがソラを見下ろしていた。 「ターニャ!なんて事を!」 彼女に祖父が思わず止めに入るが、孫娘に「お爺ちゃんは黙ってて」と静止させられる。 「オーブ人のお姫様、これがアタシ達の"いつも食べる食事"って奴よ」 ソラは何か言いおうと思った。 しかしターニャの気迫に押されて、何も言えなかった。 「この辺りはなんとか麦が収穫できるから、この辺の皆はそれを売って糧を得てる。でもね、アタシ達はどんなに一生懸命働いても、どんなに苦しんでもちっとも豊かになれない。何故だか判る?」 「………」 「役人達が税といって、ほとんど持っていってしまうからよ。私達が困っていても何もしないのにクセにね。そしてアタシ達から巻き上げたそのお金はどこに行くかわかる?」 「………」 「オーブよ!アタシ達から絞り上げたお金は全部、オーブに行ってしまうのよ!お金だけじゃないわ。この土地で作られたエネルギーも何もかもよ!オーブ人がヌクヌク暮らすために、アタシ達はずっと薄い粥をすすって生きているのよ!アタシ達はアンタ達オーブ人の踏み台になってるのよ!!」 いつのまにかターニャの目が充血していた。 怒っているはずなのに、泣いていた。 「ターニャ、もうその辺にしてやれ。ソラも謝れ」 その時、それまで隣で沈黙していたシンが、二人を諌める。 今まで聞いたことも無い、静かな、そして重い声で。 「………ご、ごめんなさい…」 蚊の泣く様な、小さな声で搾り出す。 今のソラにはこれが精一杯だ。 ターニャはきびすを返すと席に着き、黙々と残った粥を食べる。 ソラもすっかり冷えた粥を、同じように黙って食べるしかなかった。 ――眠れない。 時折、バタバタと風が窓を叩く音がする。 明かりが消された暗闇の中、枕元に置いた腕時計を手探りで探す。 蛍光表示された時刻は、午前1時を示していた。 いつもならもう深い眠りについているはずなのに。 ソラは何度も寝返りをうったが、目は冴えるばかりだ。 「……眠れないのか」 「……シンさんも起きていたんですか…?」 「まあ…な」 ターニャから用意された寝室で二人は休んでいた。 しかしベッドはひとつしかないのでそれはソラが使い、シンは床で寝袋に包まっている。 「気になるのか?ターニャの言った事が」 「……………よく分かりません。ただ…」 そこで言葉が途切れ、二人の間に沈黙が横たわる。 ソラは一呼吸すると、もう一度言葉を紡いだ。 「…私の事は本当に悪かったからしょうがないけど、何であんなにオーブに怒るのか…、それが分かりません。役人の事だってちゃんとラクス様やカガリ様に言えば、何とかなるんじゃないですか?何も…」 声が小さく消えていく。するとシンがポツリと語り始めた。 「…少し難しい話をする。何だったら途中で寝てしまってもいい」 「……は、はい」 「ターニャが言っていた事を覚えているか?オーブがこの土地で作られた食料やエネルギーまで全部取って行ってしまう、と」 「ええ」 「もう知っているだろうが、このコーカサス州は地熱発電では世界有数の産出地だ。リヴァイブの本拠もそれで動いている。ここで生み出されたエネルギーをこの州のために使えば、この土地もずっと豊かになるんだ。本当なら」 「……本当なら?どういう意味です?」 「この州で作られたエネルギーは、ここでは全く使われない。全部、西ユーラシア行政府に持っていかれる」 「西ユーラシア行政府って…」 「統一連合直轄領。事実上のオーブの占領地だ」 「!?」 「西ユーラシアは元々ユーラシア連邦が戦後東西に分かれて独立した地域だ。だが東ユーラシア共和国政府は、なんとか昔のように自国に取り戻したいと考えている。そこで西ユーラシアに自国から産出される大量のエネルギーを供給した。西ユーラシアが東ユーラシア共和国のエネルギー無しでは存続出来ないようになれば、いずれ併合やむなしという世論が作れる。今だって西ユーラシアはオーブの占領地だから、住んでいる連中にとってはどっちがマシかという程度の問題だろう」 「………」 「また税として集めた金もここのためには使われない。西ユーラシア獲得のための政治工作に使われる。オーブの政府要人や、議会のオーブ派への献金とかな。一方のオーブも東ユーラシア共和国の狙いは分かっているから、足元を見ている。オーブは西ユーラシアを盾に東ユーラシア共和国から金やエネルギーを掠め取り、片や東ユーラシア共和国は西ユーラシアの生殺与奪権を握るために、オーブに浸透しようとしている。自分の国民を犠牲にしてまでな」 ソラの脳裏でターニャの怒りが何度も繰り返される。 自分への怒り、オーブへの怒り。 「…でもカガリ様やラクス様は?そんな事を知ったら、お二人が止めさせるんじゃないんですか…?」 「彼女達には都合の悪い情報は流れない。あの二人に寄生する連中がそういう仕組みを作っている」 「…………汚い…」 「だが、それが現実だ」 ソラは井戸での水汲みを思い出した。オーブにはあんなものは無い。 水は水道の蛇口を捻ると出るのが当たり前、暖はエアコンで取り、明かりは電気。テレビ、インターネット、ガス…etc。 学校の帰りには喫茶店でケーキを食べながらおしゃべりをしたり、道端でサーティワンアイスクリームの甘さと冷たさに喜んでいた。 孤児の自分ですら当然のように享受していたものが、何も無い。 「…知らない世界なんですね、ここは」 「…そうだな。オーブにいれば、ずっと知らずにすんだ世界だ」 ソラは天井をじっと見つめてみる。 だが闇は闇のまま底が無かった。 どこまでも。 どこまでも。
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こんな嫌な空気は前にもあった。シンの脳裏に苦い思い出が蘇る。 いつ暴発するか分からない銃をこめかみに突きつけられているような、そんな感覚。 「アイツがいたらなんて言っただろうな。『ガルナハンにレシプロ機で帰ってきたことを思い出すな。あの時と同じと思えば苦でもないだろう』……とでも言うか。ま、皮肉のひとつも言えるAIってのは優秀かもしれないが……」 シンはハンドルを握りながら、ここにいないレイに毒づいた。 八つ当たりだが一方で、こういう時に愚痴を聞いてくれる相手がいないのは何とも心寂しいとも思う。 小雪がチラチラ舞う寒空の街道を、一台のトラックが所々白く染まった大地を横目に州都に向かう。 なぜか席にはシンが一人だけ。 ソラとターニャは後ろの荷台に二人は向かい合うようにして座っている。 ガルナハンの冬は極寒だ。 今日は幸いそんなに気温は低くないが、それでも荷台では凍えてしまう。 分厚い防寒着に身を包み、携帯カイロまで懐にして、ソラとターニャはじっと黙ってお互いを見つめていた。 本来はシンとソラが運転席に座り、そしてターニャが荷台に座る事になっていた。 ところがターニャの嫌味が事情を複雑にしてしまう。 「オーブの姫様は、家でじっとしていればいいのに。こんなオンボロトラックじゃあ、か弱いお尻の皮が擦りむけちゃうわよ」 さすがにこうまで言われては、ソラも頭にきた。 ターニャが荷台に乗るとシンが静止する間もなく、今度はソラは自ら荷台に上がりターニャの真向かいに座った。 「ふん、無理しちゃってさ」 ターニャは小ばかにした視線を向けるが、ソラは黙って相手の顔を睨み付ける。 そしてトラックが出発したのだが、以降ずっと二人は無言のままだった。 「……」 「……」 ただお互いの間を嫌悪と侮蔑の視線が交錯する。 暗く淀んだ気配をひしひしと背中に感じる。 どうにもシンはなかなか運転に身が入らない。 対向車の無い田舎道なのが幸いというべきだった。 早く目的地、州都ガルナハンに着いてほしいと思うだけだった。 土地に住む古老はこう言う。 昔この街は炎の街だったと。 カスピ海に面したガルナハンはかつて石油産出で潤った街だ。 無数の石油プラントが立ち並び、鉄塔の先からは幾重もの炎柱を吹き上げる。 まるで焔の森のごとく。 そこでは屈強な男達が一日中、大地の底から吹き出るオイルと格闘し、夕刻には汗と油汚れにまみれて街に帰ってきた。 男達は夜通し酒と女と喧嘩に明け暮れ、朝には再び石油プラントの群れに向かう――。 そんな祭りにも似た活況は永遠に続くと思われたが、石油の枯渇でそれは終わった。 そして今に至る。 東ユーラシア共和国コーカサス州、州都ガルナハン。 ”都”と言う名前がつくだけあって、冬であってもそれなりに人の往来が活発だった。 建物も密集しており、それなりに都会という雰囲気のある町並みである。 電気もきちんと供給されており、店のショーウィンドにはきちんと照明があてられていたが、一方で三つあるライトのうち二つの電球が切れているのに、放置されたままだ。 それに並んでいる商品は少ない感じだった。 中の棚も何も無い空白の棚が結構目立つ。 街の建物の壁にはヒビが入り、所々に穴が空いていて、店に立つ人々もどこか重く、沈んでいた。 ――街は沈黙していた。 (やっぱり……オーブとは違うなあ) 街を中央に走るメインストリートを一望したソラはそう思った。 美しく整った高層ビルの狭間を無数の車や人々が行きかい、店には色とりどり溢れんばかりの様々な品が並ぶ。 絶え間なく喧騒が続くオーブ。 そんなあの国の街並みとはまるで違い、ここは寒々としていた。 「静かな街ですね…」 「俺は詳しくは知らないが、昔石油が採れていた時はかなり賑っていたらしい。でもそれが枯渇してからはすっかりこのザマだ。今は地熱プラントが主流だが、あれは北部や中部地方とここからは随分離れているからな」 「――その地熱プラントも全部オーブ系の外資が握っていて、この州にはおこぼれすら落ちてこないわよ。東ユーラシアの本国政府はオーブの言いなりだからどうしようもないわ。プラントがこの州のものだったら、昔のようにこの街も賑わうのに」 シンの説明にターニャが吐き捨てるようにいう。 「オーブに食いつぶされてるのよ、この国は」 「…」 この街の実情が自分とは直接関わりあいは無い。 しかしソラは何か自分が責められているような気がしてならなかった。 「しかし、この静けさはやっぱりアレのせいかな」 「ああ、アレね」 ソラには二人が何を言っているか分からない。 「シンさん。何なんですか?アレって」 「ほら、アレだ」 そう言うとシンは街角を指差した。 そのずっと先には、ビルの角に佇む装甲車と軍用コートを着込んだ武装軍人が立っている。 「……!?」 「臨検の憲兵達だ。さっき横断した大通りにもいたよ。おそらく街のあちこちに配備されてるんだろう。ちょっとした戒厳令…ってところだな」 街の中を日常的に政府軍の兵士が銃を構えて歩いている。 軍用ジープも警邏のために道を走り回っている。 それを見つめる住人たちの視線は、お世辞にも好意的なものとは言えない。 まるで街全体が息を潜めじっと辺りをうかがう…、そんな感じだった。 「普段はこんなに多くないんだけどね。どこかの誰かさん達が大活躍したから」 皮肉っぽく笑うターニャを横目に見ながら、シンはふと考える。 この警備状況から考えると長居は危険だろう。 今回の任務は二つ。 情報収集と、万が一の時ソラが役所に駆け込む事が出来るよう道を覚えさせる事、つまり道案内だ。 どちらもそれなりに時間はかかるし、三人で回ってたのでは目に付くだろう。 ここは――。 「……ターニャ、ソラ。二人に頼みがある」 「頼みって?」 「何ですか?シンさん」 「実はな……」 シンの次の言葉を聞いた二人は、あからさまに嫌な顔をした。 吐く息。 白い。 吸う空気。 冷たい。 そしてそれらは一様に重かった。 感じるこの気分は、小雪混じりの天気のせいだけじゃない、とソラは思った。 そこかしこに軍人達が立つ、この街の雰囲気のせいもあるだろう。 オーブでも警官や軍人の姿を見かけることこそあったが、それが威圧感や嫌悪感を起こすようなことはなかった。 しかしそれ以上にソラを沈んだ気分にさせていたのは、そばにいるターニャの存在だ。 不愉快、という気配を辺りにみなぎらせてとりつく暇も無い。 「ほら、さっさと歩きな。ボヤボヤすんじゃないよ。ったくグズだね」 足早に歩くターニャになんとかソラはついていく。だが少し離れるとターニャが鬱陶しそうにソラを叱責してきた。 その度にソラは睨み付けるが、彼女の方はまったく意に介さず歩みを止めない。 ソラも一人にされては迷子になってしまうので、仕方なくその後を続く。 今、ここにシンはいない。 街に入ると、シンはターニャにソラの案内をするよう言い残して、リーダーから支持された情報提供者と会うため、二人と別れたのである。 二人には念のため、簡単ではあるが変装をさせている。 本来ならば安全のため原則は三人一緒で行動するようにと、事前に大尉からは言われていた。 しかしそれでは時間がかかり過ぎるとシンは考えたのだ。 街の厳戒状況を考えれば、あまり長居していい状況ではないし、それに三人連れはどうしても目立つ。 職務質問や臨検に引っかかる確立もかなり上がるだろう。 ソラを連れている以上、いつかボロが出る危険が極めて高い。 それはどうしても避けたい事だった。 そこでシンは二人にこう提案してきたのだった。 「この街の状況じゃ長逗留することもできない。仕方が無いが別行動にしよう。俺は情報屋のところに行く。ターニャはソラを案内してやってくれ」 二人の仲の悪さは判っていたが、ここは速やかに仕事を終わらせるのが最上だろうと判断したのだ。 シンの提案にターニャとソラはともに渋面を作ってみせたものの、最終的にそれに従った。 待ち合わせの場所と時刻を打ち合わせ、三人は別れた。 それでソラとターニャは二人きりで行動している、というわけなのだった。 だが――。 「ここの路地は雪が降ると通れなくなるよ。その時は一本向こうの道を迂回してね」 ターニャの案内は素っ気無い、というよりトゲを含んだものだった。 言葉の端々に嫌味をぶつけてくる。 「それにしてもいやな天気だね、雪ばっかりでさ。まあ、常夏のオーブじゃありえない天気だろうけど。気軽でいいね、オーブ人はさ。じゃ、次行くよ」 「……」 ソラの存在などどうでもいいかのように、ターニャは次の目的地に向かう。 今のソラはその背中をむっとした眼差しで見詰めながら、黙ってついていくしかなかった。 ソラとターニャが気まずい時間を過ごしている頃、シンは情報屋と接触していた。 相手は小柄で目つきの鋭い老人。 表向きは街裏路地の奥深くにある、怪しげな漢方薬店の店主なのだが、実は裏ではレジスタンスに協力する情報屋の親父なのである。 外見からしてどこか掴みどころの無い奇妙な気配を漂わせた老人だったが、かえってそれがカモフラージュになるのかもしれない。 ついそんなたわいも無い事をシンは考えてしまう。 暗い店の奥の客間で、何が入っているのか疑ってしまうような臭いのきつい中国茶を勧めながら、その老人はシンに東ユーラシア軍ガルナハン方面部隊の動向に関する情報を説明していた。 「ドーベルマン……」 「ドーベルマン?」 「そう。奴はそう呼ばれておる。治安警察でも結構有名な男でなあ。『猟犬』とも呼ばれておるよ。ご主人様のためにあっちこっちで歯向かう連中を噛み殺して回っとる獰猛な軍用犬というところじゃな。確か……太洋州連合で起きたオセアニア紛争にも出とったはずじゃ。結構な武勲を挙げたと聞いちょるよ。大方その腕を買われてここに来たんじゃんろうな。もっともこっちはあっちのようには上手くいっとらんようじゃが。ヒッヒッヒ」 奇妙に笑うと老人は、きつい異臭を発する茶をずずっと音を立ててすする。 オセアニア紛争は統一地球圏連合の強引なやり方に反発した、反オーブ派の国民と亡命したサフト軍人達が起こした紛争だ。 途中、九十日革命のせいでほとんどの正規軍が抜け、僅かに残った一部の部隊と代わりに動員された治安警察軍の手でなんとか鎮圧したのだった。 もっとも鎮圧したとはいえそれは表向きで、まだ火種は燻っているが。 シンは以前仕入れた知識の記憶を手繰りながらも、向かうべき相手が手ごわい事を認識する。 「手練だな……。それでそのドーベルマンの本名は?」 「本名か?儂も知らんよ。しかし軍の名簿にもそう記載されているし、そのまま呼ばれてもいるんだから仕方がない。それがニックネームなのかどうかは、お前さんには大した問題じゃないじゃろう?」 情報屋の老人はそう言うと、余計な説明は抜きとばかりに説明を再開した。 「もう一度言うが、東ユーラシア軍に治安警察から派遣されている指揮官はドーベルマンという男だ。今のところ、ガルナハン方面への作戦はこいつの指示でほとんど行なわれておる。腕も立つし頭も切れる。あんまり敵にはしたくない奴じゃな。ただな、先刻、お前さん方がアリーでやっこさんの部下を倒しただろう?そのせいで、失敗の責任を取らされて更迭されるか、よくても左遷させられるか、って話が出とる。いたくプライドの高い男のようでな。そのせいであんた達に必ず一矢報いると考えとるらしいわ。文字通り手負いの獣というやつじゃな。くれぐれも用心するんじゃなあ。ヒッヒッヒッ」 「『猟犬』ドーベルマン……か」 老人は再び奇妙に笑うと、その他の情報は纏めてあるからと光学ディスクをシンに押し付ける。 そして話は終わりだとばかりに店の奥に引っ込んでしまった。 これ以上は得るものがないと判断したシンは、ターニャとソラと待ち合わせの場所へ向かう事にする。 「あいつら、喧嘩してなきゃいいんだがなあ……胃が痛い」 こっちの仕事は終わった。 あとはひたすらそれだけをシンは願わずいられなかった。 灰色の空の下、灰色の街並みに囲まれた、灰色の通りを金髪の少女が黙々と歩く。 その後ろを濃い茶色の髪の少女がトコトコとおぼつかなくついてくる。 「あそこの建物が、統一連合の外交官の官舎さ。最悪あそこに駆け込むんだね。確か今はオーブ出身の外交官がいるはずだから。まあ、そいつも、こんな辺鄙な街からはすぐにでも出たいと思っているだろうねえ。どこぞのお姫様と同じで」 「……」 街の中心部にある厳つい建物の並ぶ一角を指してターニャがいう。 ただし相変わらず嫌味を交えて。 ただソラは黙ってそれを聞いていた。 「何、その目つき」 「別に……。何でもありません」 「あっそ」 ムカツク。 うっとおしい。 早くとっとと消えて欲しい。 ターニャの胸の中に吐きたくなる様なドス黒い感情が渦巻く。 自分の後ろをおっかなびっくりついてくるソラを見ると、たまらずそんな感情が体の中からこみ上げてくる。 何も出来ないくせに、誰からも愛され、心配されている少女。 誘拐されたとはいえ、こんな地の果てに来てまで、図々しく厚かましく厚遇されるオーブのお姫様。 それはシンの様子を見ればそれはすぐに分かったし、ターニャにはそれが何より許せなかった。 ソラと自分を見比べてる。 自分の髪の毛は艶も無く、抜け毛や枝毛だらけで満足に手入れもできない無残なもの。 なのにソラの髪は艶やかで、綺麗に整っているもの。 自分の手は野良仕事や冬場の水仕事で、あかぎれやひび割れでボロボロの肌。 なのにソラの手は傷ひとつ無い、透き通るような美しい肌。 同じような歳なのに、ガルナハンに生まれ育ったというだけで、オーブに生まれ育ったというだけでこうも違うのか。 一方は今日の食事にも事欠く貧困にあえぎ、もう一方は”貧困”など辞書の上でしか知らないような全てに満たされた世界にいる。 そして何もない貧しい世界の自分が、裕福な世界に住むソラを今は助けねばならない――。 その事実がターニャの怒りを掻き立てていた。 (……ったく。早く終わらせればいいんだわ) いつまでも考えても仕方がない。 そうすればこの嫌な気分からも解放される。 報酬が入ったら、お爺ちゃんに何かいいものでも買ってあげよう。 ターニャはソラを見ると、いきなり彼女に問いただした。 「で、あんた道順覚えた?」 「え?」 不意に話を向けられてソラは戸惑う。 「道順よ。み・ち・じゅ・ん。ここまでどうやって来るのか。アンタ一人でもう来れるのかい?」 「……だ、大体は……」 「じゃ、ここの二つ前に教えた目印は何?覚えたんでしょう?」 困った。 ターニャへの苛立ちが先行して、肝心なところを聞き逃していたらしい。 「……え、えっと……」 必死に記憶を手繰るが満足に出てこない。 「はぁ?もしかして全然覚えてないの!?何それ!?あんた人の話全然聞いてなかったってわけ?あっきれたっ!」 「ご、ごめんなさい……」 弱々しく謝るソラだったが、ターニャはここぞとばかりに問い詰める。 「せっかくあたしが手取り足取り教えたのにさ!あんたオーブの学校で何学んできたの?貧乏人のいう事は聞かなくってもいいですってか?」 「……」 嫌味が止まらない。 怒りが止まらない。 篭っていた黒い感情が次から次へと口に出てくる。 「ハッ!金持ちオーブの方々は下々の下賎な声なんて耳に届かないわけですかねえ」 「……」 「今からでもさっきの外交官官舎に飛び込めば?さっさとオーブに帰って、こんな貧乏な街のことなんか綺麗さっぱり忘れなよ。ああうらやましいねえ、オーブのお姫様はさ」 「……」 先の見えない貧しい境遇。 自分達を踏み台にして繁栄を謳歌するオーブへの怒り。 自分は麦粥が精一杯なのに、それを拒否したオーブ人への怒り。 うつむく目の前の少女にぶつけるのは筋違いだと、自分の中の誰かが小さな声を上げる。 そんな声はたちまち怒りにかき消され、一向に止まらなかった。 ところが次々と罵声を浴びせていると、黙り込んでいたソラが小声で何か言っているのに、ターニャは気づいた。 「…………」 だがよく聞えない。 見下す様にターニャはソラに言い放つ。 「はぁ?さっぱり聞えないんだけど?何か言いたい事があったらハッキリ言えばあ?お姫様」 とその時、不意に怒鳴り声が響いた。 「もういいかげんにしてって、言ってるのよ!!」 付近を歩いていた人々も何事かと振り向く。 ソラの豹変にターニャも驚いた。 見ればさっきまで子犬のように縮こまっていたソラの様子が一変していた。 「さっきから黙ってれば好き放題言って……!あなたに私の何が分かるってのよ!!オーブのお姫様ぁ?ふざけんじゃないわよ!私はそんな大層な身分じゃないわ!」 肩をいからせ、怒気に満ちた目で睨みつけている。 殺気すら漂ってきそうだ。 「オーブ!オーブ!オーブ!!さっきからそればっかり!!確かに私はオーブ人だけど、あなたにここまで言われる筋合いは無いわよ!」 豹変した様子に戸惑っていたターニャだったが、伊達に戦場を潜り抜けたわけではない。 罵声を張り上げ言い返すターニャに負けじとソラも応戦した。 「黙って聞いてりゃ、偉そうによく言うわね!人の親切土足で蹴飛ばすのがオーブのやり方かい!」 「はぁ?どこが親切?ずっと嫌味ばっかりじゃない。自分が話した事ももうお忘れ?」 「こ、この糞アマ……っっ」 大声を上げての女の子二人の喧嘩に、「どうしたんだ?」「こんな所で喧嘩か?」と道行く人々も驚いて振り向く。 だがそんな周囲の視線を他所に、少女二人の罵りあいが往来で展開していく。 二人の暴走は止まらない。 「あー!ムカツクね!だいたいオーブっていうだけでアタシにとっちゃ、聞いただけでぶち殺したい相手なんだよ!人の国でデカイ顔しやがってさ!」 「何それ!?馬鹿じゃない?私はこの国に何かした覚えなんてないわよ!」 「とぼけんじゃないわよ!アタシの国から何もかも奪って、肥え太ってるのはアンタの国じゃないか!アタシ等が貧しいのは全部アンタ達オーブ人のせいなんだよ!オーブで金持ち生活してるアンタも同罪なんだよ!」 「はあ?私は別に金持ちでも何でもないわよ!バイトだってやってるんだから」 「大した苦労もしてないのに口だけは一丁前だね。こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際なんだよ。おかげで弟も母も死んで、家族はお爺ちゃんだけさ!」 「家族なんて私にはもう誰もいないわよ!」 その言葉を聞いた瞬間、ターニャの勢いが止まった。 「……え?」 「パパもママも死んじゃったわよ!7年間、オーブに連合が攻めてきた時に、私だけ残して死んじゃったんだから……!」 「……」 「あなたにはお爺ちゃんがいるじゃない……!私にはもう誰もいないんだから……。家族は誰もいないんだから……。ずるいよお……」 ソラは大声を上げて泣きだした。 肩を震わせ、蒼い瞳からポロポロと涙を流して。 ターニャの中から怒りが消えていき、代わりに自己嫌悪がこみ上げてくる。 貧しさからソラを嫉妬していた。 しかし実は彼女も自分には無い不幸を抱えていた。 ただ見えなかっただけで。 ふと不幸に酔っ払っていた自分が酷く醜く思えてきた。 「言い過ぎたわ。ごめん」 「そこの二人、いったい何の騒ぎだ?」 不意に怒鳴り声がソラとターニャに降りかかってきた。 見れば憲兵が二人、主婦らしい中年女性に連れられてやってくる。 女性は「あそこです。兵隊さん早くあの子達を止めてやってください」とかいいながらターニャとソラを指差す。 (げっ!マズイ!?) ターニャの中でスイッチが切りかわる。 職務質問されるのは確実だ。 ヘタを打てば捕まる羽目になる。 かといってここで逃げ出せば確実に怪しまれる。 どうする?どうする?と頭の中で思考を張り巡らせる。 白い息を吐きながら、憲兵がターニャに聞いてきた。 「こんな所で大声を上げて喧嘩していたそうだな。いったい何があったんだ?」 「え、えーと……」 自分より遥かに大きい男達に囲まれて、どう答えていいのか回答に詰まってしまう。 「ん?泣いてるのはお前の妹か何かか?」 ターニャの隣でまだぐすっぐすっとしゃくり上げているソラを見て、憲兵は怪訝そうに聞いてきた。 「あ、はい。そうです、そうです。この子が我侭ばっかり言うから、ちょっと叱ったんですけど……」 「だからと言って往来で喧嘩をする奴があるか。お姉ちゃんならしっかりしないと駄目じゃないか」 もっともらしく憲兵が説教をする。 身分証の提示を求められたら、かなりまずい。 いやそれどころかソラがここで憲兵にオーブに帰してと泣きついたら、完全にお終いだ。 早く終わってくれと一心に祈りながらターニャは説教を聞いていた。 「ほら、お穣ちゃん。お姉ちゃんにはちゃんと言っておいたから、もう泣くのは止めな」 憲兵の差し出したハンカチを受け取ると、ソラは涙を拭いた。 「……はい、ありがとうございました」 「二人とも、もう喧嘩はするなよ」 彼等の周囲には何人かの人々が遠巻きに事の成り行きを見守っていたが、「コラ、お前等何を見ている。とっとと消えろ」と、憲兵に言われると足早に立ち去っていく。 すいません、すいませんとターニャは低身平頭で憲兵に謝り、ソラの手を引いてその場を離れようとした。 ところがそれまで黙っていたもう一人の憲兵が二人に声をかけてきた。 「ちょっと待ちなさい。一応身分証を確認させてもらいますよ」 (げ!?) ターニャの背中に冷や汗がどっと出る。 「君、身分証は?早く出しなさい」 「え、いや、あの……」 一応、偽装身分証は持っているしソラのも用意している。 しかしソラはオーブから誘拐された身で、国際手配されているかもしれないのだ。 偽装身分証などという子供だましが通用するのか、今までの経験からすると非常に疑わしかった。 どうする?どうしよう?どうする?どうしよう?どうする?どうしよう? 答えが出てこない。 蛇に睨まれた蛙みたいなものだ。 憲兵が目つきを細めてターニャに言う。 「身分証は?」 その時ソラがすっと片手を上げる。 彼女は道の続く彼方を指差して、小さな声で一言言った。 「パパとママが……」 それを聞いた憲兵達はやれやれという感じで肩をすくめる。 「……君たちの身分証はご両親が持っているのですか。仕方ないですね。次からはちゃんと携帯するように」 そういうと憲兵達はようやくターニャとソラに行くように指示する。 それを聞いたターニャは簡単に礼を言うと、ソラの手を引いて一目散にその場から逃げ出す。 憲兵達の姿が見えなくなったら、すぐさま横の路地に飛び込んで、ほっと胸をなでおろした。 「「はあああああ~っ。助かったあああああ~」 まだ心臓がバクバクしている。 ソラも大きく息を吐いた。 同じように緊張していたらしい。 「……アンタ、何であそこで私を突き出さなかったの?」 「え?」 「私を突き出して事情を説明すればすぐにオーブに帰れたのに。何で?シンが困るから?」 ソラは小さく首を横に振った。 「とっさだったし、それに……」 「それに?」 「嫌だったから」 「?」 「だって卑怯じゃない。そんなの嫌よ。せっかくリーダーもセンセイも私の事を信じてここに送り出してくれたのに。それじゃみんなを裏切る事になっちゃう。そんな事したら、きっと後悔する。それにターニャだって」 「私?」 「うん。私といるのが嫌でも道を教えてくれたじゃない。嫌味はムカついたけど」 「う゛っ。そ、それは……」 「それでもターニャは私が逃げないって信じて教えてくれたんでしょ? 「まーねー。一応シンの紹介した人間だし、その辺はアイツ見る目あるから」 「私ね、私を信じてくれてた人を裏切るのって凄く嫌なの。そういうのって最後は人も自分も幸せにならないと思うから」 「昔からそう思ってんの?」 「うん」 「不器用ねー。戦場じゃ何より自分よ。ぬるま湯のオーブじゃともかく外じゃいつか死ぬわよ、アンタ」 「……かもね」 はーっとターニャは息を継いだ。 やっと落ち着いたらしい。 「とりあえずお礼は言っとくわ………ありがと。ソラ」 屈託の無い笑顔でソラはそれに答えた。 同時刻。 先ほどソラとターニャの二人に職務質問をした憲兵は、持ち場に戻っていた。 しかし一人が何か考え事をしている。 「どうした?何か気になる事でもあるのか?」 「……ちょっと引っかかってな」 「?」 「あの二人の一方、実は手配書で見た事があるような気がしたんだ。俺の勘違いかもしれないが」 「本当か?だったら基地に問い合わせてみるか」 「ああ、そうしてみよう」 そう言うと二人は再び持ち場を離れて行った。 まだシンとの待ち合わせには多少時間にゆとりがあったソラとターニャの二人は、もう一度官公庁街を通ってルートを確認した後、街の公設市場に来ていた。 大きなホール上の建物の中に市場が開いている。 ここは旧世紀のころからある市場で、この地方では雪や雨の対策として屋内に設けられていた。 中では所狭しと露店が並んでいて、肉や野菜、あるいは服や日用雑貨などが売られている。 品数は相変わらず少ないし値段も高い。 しかし街の中と違ってここは人々の活気に満ちていた。 その一角にドネルケバブを売っている露店があった。 聞けばこの地方では比較的ポピュラーな料理らしい。 「食べてく?」 「うん、ちょうどお腹も減ったしね」 露店のひとつに行って二人分頼むと、ターニャは一気にかぶりついた。 隣ではソラが静々と食べてる。 「か~っ!美味っ!肉なんて何ヶ月ぶりかしら。こういう仕事が入らなきゃ絶対食べられないもんね」 脇目も振らずがっつくターニャを横目にソラはふと考えてしまう。 このドネルケバブもオーブではごく当たり前に食べられる料理だ。 それも学校の帰りなど街角で気軽に。 でも貧しいこの国では貴重なご馳走になってしまう。 オーブに生まれた事。 このコーカサス州に生まれた事。 自分の事。 ターニャの事。 二人の違い。 今まで知っていた世界と、今知った世界がソラの中でグルグルと回っていた。 「ソラ、食べないの?食欲ない?」 様子が気になったのか、ターニャが横から声をかけてきた。 「ううん違うの。ちょっと考え事しててね。……ターニャの村の人たちもこういうのってあまり食べられないのかな」 「まあねー。ここの街に住んでりゃともかく、アタシや村の連中みたいな田舎者にはめったに食えないご馳走よ」 「ねえ、ターニャ」 「何よ?ソラ」 「オーブに来てみない?」 ブッ! 危うく噴出しそうになった。 「は、はあ!?ア、アンタいきなり何言い出すのよ!?冗談は止めてくれない?」 「オーブに来ればターニャもいつだって好きな物が食べれるし、オーブの事好きになるかもしれないじゃない。それに頑張ればお金持ちになれるかもしれないし。オーブの事羨ましいってずっと言ってたじゃない」 「そ、そりゃそうだけど……!」 無茶苦茶だ。 途方もない事を言い出したソラにターニャはあっけに取られる。 しかし同時に、ターニャの胸の奥で、まだ見ぬ南国の豊かな国オーブへの憧れがうずき出す。 貧しいこの国で愚痴と恨み言を吐きながら暮らすよりかの国で挑戦する。 それはとてもとても魅力的に思えてきた。 とはいうものの、現実を考えれば出来るわけがない。 燻る願望を振り払うように、あわてて否定する。 「ちょ、ちょっと待って。あのねえ、そんな事できるわけないじゃない。ソラ、アンタ大丈夫?」 「私、本気よ。私を助けた恩人とかで一緒に行けば疑われないわ」 「…………勘弁してほしいわ」 「いーえ、意地でもターニャを一緒にオーブに連れて行くわ。今決めた。もう決めた。絶対に決めた。いくら嫌だって言っても、もう遅いからね!」 「だ、だいたいそんなこと言ってどうするのよ。今だって自分ひとり満足に面倒を見られないくせに!」 「シンさんやリーダーさんに自分が頭を下げてお願いしてでもそうさせるわ。ええ、そうしてみせますとも」 ここまで一気にまくしたててようやくソラが息をついた。 往来で大声を張り上げたせいか、周囲の人間が皆で何事かと二人の少女を見ていた。 ソラは全く気にする様子は無い。興奮しすぎて気付いていないのだろう。 その気迫に気おされたのか、あるいは思わぬ機会が眼前に転がり込んできたせいか、それともただ単に呆れたのか、それはターニャ自身にも分からない。 ただ、彼女の中からソラに向けていた怒りが氷解していったことだけは確かだった。 「あんたって本当に……変な奴」 ターニャはつい笑ってしまう。そのままこらえきれずに、お腹を抱えて笑い出した。 いつの間にかソラも笑い出した。 そして二人はやがて、大声で笑いあっていた。 予定していた集合時間。 集合場所でソラとターニャと合流したシンは、思わず目をむいた。 「な……何があったんだ?あんなに刺々しい雰囲気だったのに…」 シンの知らない間に二人は随分仲良くなっていたようだった。 帰り道、来た時と同じく二人はトラックの荷台に座る。 違うのは、おしゃべりに興じ、満面に笑顔を浮かべながら、楽しく語り合っている姿だった。 「…これだから女の子は分からない」 運転席に座りながらシンはぼやいた そういえばマユも普段は自分の後ろを付いて来るくせに、友達と遊んでいるとき俺は邪魔者扱いだった。 昔を思い出し郷愁といたたまれなさが入り混じった気持ちになるシンであったが、仲のいい二人の様子にシンの気持ちも和んでいた。 険悪なムードよりははるかにいい。それに、ソラにいい友達ができたのは喜ばしい限りだった。 あとはどうやって声を掛けよう。 何故か輪に入り辛いと思うシンであった。 なんとか合流し順調に村の近くまで来て一安心。 そう思った矢先の事だった。 「何だ、あのヘリは? 」 サイドミラーに映ったヘリをシンがいぶかしむ。 政府軍の哨戒ヘリが飛んでいる。 それは別におかしくない。しかし変なのは、どう考えてもこちらの方向に向かって飛んできていると思われるところだ。 (まさか、ターニャの村へレジスタンス狩りをしようとしている?) ターニャの村も、わずかばかりだが反政府軍への援助をしている。 それが発覚したのでは、とシンは緊張する。 場合によっては、大尉たちに緊急連絡を入れる必要があるだろう。 その予測は外れた……最悪の方向に。 一気にヘリコプターはシンたちのトラックとの間合いを詰めると、いきなり警告すらせずに、機関銃を放ったのだった。 一撃目をよけられたのは奇跡に近い。 無意識のうちにヘリの行動を読んで、大きくハンドルを切ったおかげだ。いきなりでおそらく後ろの二人はとんでもない目に合っているだろうが、気を遣っている余裕はなかった。 「揺れるぞ! 舌を噛まないようにしろ!」 それだけ言うのが精一杯だ。 シンは一気にアクセルを全開にした。オンボロトラックは、運転手の乱暴な扱いに悲鳴を上げるかのごとく、きしむようなエンジン音を立て、雪交じりの泥を跳ね上げた。 街での和解に気の緩んだターニャが変装のための帽子とマフラーをはずし、それが警備の兵士の目に止まってしまったのだ。九十日革命のメンバーで、今ではレジスタンスの協力者としてマークされていたターニャの正体はあっさりとばれてしまい、ヘリでの追跡がなされたというわけである。 「生きても死んでも構わん。ただし、逃がすな」 下された命令にヘリは忠実に従い、トラックへの攻撃を続けている。 もっとも、そんな経緯などシンには知ったことではない。ただ、一心不乱にハンドルを握り、アクセルを踏み込むばかりである。 ターニャとソラは、荷台の縁に必死にしがみついている。事態はよく飲み込めないまま、それでも何かトラブルが起きたことだけは理解し、幌の中でただじっとしているだけだった。 (畜生、せめて反撃できれば) 最悪の事態を予想して、荷台には対モビルスーツ用の携行武器が積まれている。 それさえ使えれば何とか事態も打開できるのだが。 シンは自分のミスに歯噛みした。 トラックを運転できるターニャは荷台にいる。 運転を交代することはできない。 しかも二人の仲の良さに気をとられて、武器を助手席に移し変えるのを怠っていた。 かと言って停車すれば、射撃のよい的になるだけの話だった。 結局、必死によけ続けるしか手立てはない。 ダストを操る時のような神業的な操縦、というわけにはいかないがそれでもシンは持てる腕を発揮してヘリの攻撃をかわし続ける。右に左に、必死にハンドルを切りながら。 しかし、野菜運び用の旧式トラックでは、限界があった。 何回目かの射撃。ヘリからの銃弾は狙いをはずしたものの、左の前輪をかすめタイヤを破裂させることに成功した。 態勢を立て直す暇も与えられず、そのままトラックは荷物を撒き散らしながら横転する。 「きゃあ!」 荷台から投げ出されたソラは悲鳴をあげた。野菜の袋がクッションになって怪我こそ免れたが、衝撃で一瞬記憶が飛ぶ。気づけば、その体は道端に倒れ、ジャガイモに埋まっていた。 動こうとするが、気が動転しているせいか、手足が思うように動かない。 「ソラ、大丈夫!? 逃げないと!」 一足早く正気を取り戻したターニャがソラに気づいた。そちらに近づく。 その後に起こった出来事を、ソラは生涯忘れることはなかった。 旧式のトラックは、時代遅れのガソリンを燃料にしていた。 漏れ出した燃料に運悪く引火して、そのままソラの正面、駆け寄るターニャの背後で爆発が起こったのだ。 「危ない!」 意図したのか、偶然かは分からない。しかし、ソラの手を引っ張っていたターニャは、その爆発からソラをかばう格好になった。 その瞬間、ソラにはスローモーションに見えた。大きな破片がいくつも飛んできて、そのうちの一つがターニャの頭に当たる。 糸が切れた人形の様にターニャはソラの胸に倒れこんだ。 次の瞬間、ソラの顔や服に生暖かいものが降りかかる。 一瞬何が起きたのか理解できないソラだったがターニャを受け止めた手を見て否応もなく理解させられる。 ――ソラの両手はターニャの血で染まってたのだ。 「あ、ああ……嫌……嫌ぁぁぁぁぁっ!」 ソラの悲鳴が響き渡った。 その声が聞こえたのか二人の姿を認めたヘリがそちらに注意を向ける。 同時にトラックの爆発を免れたシンが、ようやく投げ出された荷物の中からグレネードランチャーを探し当てていた。 狙いをつけるのももどかしく、引き金を引く。 狙いが甘かったのか直撃こそしなかったものの、ランチャーはヘリの脇腹をかすめ至近距離で爆発する。 ヘリはかろうじてコントロールを保ちながら、必死に姿勢を立て直した。 しかし、その機体からは煙が噴き出している。これ以上の戦闘続行は不可能と判断してか、そのまま元来た方向へと戻っていった。 辛うじて迎撃が間に合ったシンは息をつく。 しかし、すべては遅すぎた。 シンもソラも必死で応急手当をしたがターニャの傷は酷く。 もはや助からないのは明らかだった。 頭の傷も酷かったが、それ以上に背中の傷が酷かった。 大きな破片がいくつも突き刺さっていたのだ。 シンは呆然と立ち尽くし、ソラはターニャを膝枕にしながらその手を握り締める事しか出来なかった。 不意に、ターニャが目を開いた。ソラは叫ぶ。 「ターニャお願い、死なないで!せっかく友達になれたのに、せっかく、せっかく……」 その後は涙で声にならなかった。その声が微かに聞こえたのか、ターニャが消えるような小さな声でつぶやいた。 「ソラ……アンタ、あったかいよね……冷たくならな……」 最後にそう言葉を残し、そのまま目を閉じるのを、泣きながら看取るのが精一杯だった。 連絡を受けた大尉たちが現場にかけつけるまで、かなりの時間が過ぎた。 それでもその間ずっとソラは、力を失い冷たくなったターニャの手を握り続けていた。 簡単な後始末が終わると大尉は何も言わずシンを殴りつけた。 一撃でシンの体は吹き飛ばされ岩場にたたきつけられる。 そこには微塵の加減も見られない。他のメンバーは痛々しさに視線をそらしたが、大尉を止めるものは誰もいなかった。それだけのミスを犯してしまったのだから。 「お前は二つミスをした。分かるか? 一つは街で女の子二人だけで行動させたこと!」 岩にもたれ掛かりながらも倒れまいと踏ん張るシンの胸倉を掴み上げた大尉は反対側の頬を殴る。シンの鼻と口から血が滴り落ちた。 「もう一つは不測の事態に備えて、武器をいつでも使える状態で行動しなかったことだ!」 大尉は殴る手を休めなかった。 三発、四発、次々と拳を打ち下ろす。 「何のためにお前が付いていった!これじゃ何の意味もないだろうが!」 シンの顔の形が変形する程殴ると、ようやく大尉は拳を止め解放した。 「……言い訳をしなかった事だけは褒めてやる。だがなお前のした事は殴っただけで済むミスではないし、もう取り返すこともできん。だからせめてターニャのお爺さんには、お前の口で全てを伝えろ」 大尉はメンバーに向き直ると、指示を飛ばした。 いつ政府軍が再び襲ってくるとも限らないので一刻も早く撤退する必要があるのだ。 大尉の容赦ない鉄拳を浴びせられたシンは、俯いたまま立ち尽くしていた。 頬の痛さよりも心の痛さがシンを責め立てる。 その傍らに人影が立った。ソラだった。 ソラの目は真っ赤になっていたが、もう涙はこぼれていなかった。もはや流しつくしたということか。 「シンさん……」 ソラは心ここにあらず、といった様子でつぶやいた。 「私、ターニャと約束したんです。一緒にオーブに行こうって」 シンは黙っている。言葉のかけようがなかった。 「オーブで色んなことをしようって。たくさん話をしました。笑いながら話していたんです、ついさっきまで。でも、もう手が冷たくて、目が二度と開かないんですよ」 ソラの言葉がシンの心をえぐる。しかしシンは耳を塞ぐ事も無く。 そして逃げる事も弁解する事もせず、ただソラを見ていた。誰よりもつらいのはソラだと分かっていたから。 気づけば雪は止んでいた。 積もった雪が、月明かりに照らされてぼんやりと光っている。 この場所で、一人の命が失われたことなど、信じられないような穏やかな雪景色だった。
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『…先日シドニーで発生したデモ隊への発砲事件ですが、その後の調査でデモ隊の中に武装したテロリストがいた事が判明したと、今日警察発表がありました…』 大きい平面液晶TVの中で、女性キャスターが淡々とニュースを読み上げる。 広々としたリビングに、明かりは灯っていない。暗い。 TVの光がソファに座り、水割りを傾けるアスランを、ぼんやりと照らす。 『これがそのテロリストが持っていた武器です。携帯型のロケット砲で…』 "証拠"とされる武器の写真が大きく映った。 キャスターが隣りに座るコメンテイターに感想を求める。 『いや、恐ろしいですね。当初平和的なデモであったとされ、発砲した治安警察に厳しい批判が出たのですが、真相が明るみになった今では、治安警察の方に先見の明があったといわざるを得ません…』 模範解答だな。 アスランは胸の中で毒気つく。 情報管理省のダコスタはさぞ笑っているだろう。全て予定通りだ、と。 TVは相変わらず"官製"ニュースを流し続ける 『…オロファトでの戦勝記念パレード襲撃事件もそうですし、テロリストはどこに潜んでいるのか分からないという事です。私達も…』 アスランは全て知っている。 その"証拠"がどこから出てきたのか。何故穏当な抗議デモが武装テロリストにされたのか。 誰がシナリオを練っているのか。 "見えない敵"テロリストへ脅威を煽ることで、オノゴロの事件で失態を犯した軍や治安当局への批判をかわす。 さらに国民の結束も喚起し、また政府への表立った批判もしにくくなる。 シドニーのデモ隊は生贄にされたのだ。敵対する者全てへの警告としての。 統一連合に逆らうものは"テロリスト"として処断される――と。だが。 「……これじゃ…」 アスランの脳裏に事件現場の惨状が蘇る。 地面に散乱する壊れたプラカードや抗議の旗。アスファルトに残された赤黒い血痕の数々。 そして重なるように残された子供用の小さな靴――。 「…これじゃあ何も変わらないじゃないか!!」 絨毯にたたき付けられたグラスが割れる。 しかしその音を聞くのはアスランの他に誰もいない。 オーブの首都オノゴロの一等地に建てられたアスラン=ザラの邸宅。しかし広い自宅にいるのは彼一人。 TVからはいつの間にか別のニュースが流れていた。 『次はお買い物をするワンちゃんのニュースです…』 同刻 治安警察省本部ビル。 ほとんどのオフィスが今日の仕事を終えたなかで、深夜にも関わらず明かりを灯し、いくつか残業に励んでいる場所がある。 その中に、メイリン=ザラのオフィスもあった。 一人残ったメイリンはPCに向かい、明日提出するオーストラリアでのデモ隊への発砲事件に関する最終報告書をまとめあげていた。 何度も目を通し、間違いは無いか推敲する。これまで幾度と無くやってきた事務作業だ。 そう、事務作業。 あの事件後、彼女ら治安警察のちょっとした書類操作で、何百という人間が社会的に抹殺され奈落の底に突き落とされた。 その十数時間前には彼女のデモ隊への発砲命令によって、何十人もの命が散った。 紙切れ一枚。 命令一声。 ほんのわずかな行為で、人の命を消滅させることが出来る。そういう立場にメイリンはいる。 5年前の大戦で散った姉、ルナマリアが今の自分を見たらどう思うだろうか? ――クスクス ふと、笑いがこぼれる。 「…平和のためよ。…そう、平和のため」 5年前、ラクス=クラインとともに祖国プラントと戦った時と何も変わっていない。 引き金を引くのと、書類一枚で人の人生を変えるのと、何が違うというのだろうか? そして"平和のため"に、という理由はどちらも同じなのに。 「あの人は、悩んでいるみたいだけど…ね」 メイリンは自分の夫を思い浮かべる。アスランは現場に訪れたという。今頃、妻の行状に憤慨しているだろうか。 それともその裏の事情を知って、やるせなくなっているのだろうか。 今回のシナリオが治安警察上層部で最初から練られたものだった事。情報管理省はもちろん、軍や現地警察も最初から知っていた事。 そしてオーストラリアのデモ隊は、政府支持の世論形成のために生贄にされたという事を。 「これでオノゴロでの主席暗殺未遂事件と併せて、しばらく国民の目は反政府運動…いえ、テロリストへの反発に向くわね。政府にしても景気が悪いは彼らの活動によって政策が足を引っぱられているから、という言い訳も出来る」 敵を作り出し国民の結束を図る…古典的な世論誘導ね、とメイリンは考える。 PCのキーを叩きファイルを呼び出し、パスワードを入れる。 『ガルナハンの近郊におけるレジスタンス活動の実情』 一見するとただの状況報告書だが、機密レベルはトップクラスに設定されていた。 本来であればメイリンが閲覧できるものではない。 しかしこれがあえてライヒ長官から彼女に渡された理由は、その中身にあった。 『カテゴリーS:シン・アスカ』 ライヒは暗にこう言っているのだ。 ドーベルが失敗すれば次はメイリンがリヴァイヴ、否シン・アスカの討伐任務を負う、と。 かつて戦友であったという関係が、敵を知る者として着目されたのは明らかだ。 一見するとば残酷とも思える任務。 しかしメイリンは笑っていた。 彼女は喜んでいた。 心の底から。 ――クスクス シン・アスカ。 死んだ姉、ルナマリアの仇。 今も時折見る悪夢の源。 それを潰せるチャンスがまさか自分に巡ってこようとは! ――クスクス ――クスクス 笑いが、笑いが止まらない。 魔女の嘲笑が誰もいないオフィスに低く、静かに響いていった。 「いたせりつくせりだ」 「何がです?」 「この基地だよ」 ユウナ=ロマ=セイランは書籍に囲まれた自室で、ほっと呟いた。 少し高級そうな応接テーブルの向こうでは、中尉が手持ちのカードを眺めている。 レジスタンス組織『リヴァイブ』の本拠は5年前に放棄された連合のローエングリン基地を再利用したものだ。 だから基地を稼動させる発電システムも地下に作られている。 それも比較的新しい型の地熱発電プラントだ。 5年前の大戦でこの基地はザフトの、それもシンのいたミネルバ隊に破壊されたが、幸い地下施設は生き残っていた。 この組織を立ち上げる時、それをそのまま再利用させてもらって以来、ここが本拠になっている。 おかげで冷暖房はもちろんMS用の電源にも事欠かない。 またユウナの自室も残った高級士官用の部屋を使っている。 「廃品利用ですがね」 「リサイクルと言ってくれよ。これだけのものはそうはないさ。汝と我を引き合わせし神の加護に、万感の感謝を…ってところかな」 仮面のリーダーはいつもこうだ。中尉は内心苦笑したが、同時にこう呟いた。 「神の加護ですか…。でも、これからはどうですかね」 「オーブ本国からの侵攻部隊か」 「ええ」 ユウナは考える。 東ユーラシア軍、ガルナハン方面部隊のMS部隊はもちろん、彼らの切り札、大型MA"ムラマサ"まで撃破した。 これで軍は強引な手段を取れなくなっただろう。 あとはこちらがコーカサス州州政府に武力闘争の停止する妥協案を提示するか、のタイミングの問題だ。 上手くいけば州政府を仲介する形で東ユーラシア共和国政府との政治決着をさせる。 この地方にエネルギー自治権さえ手に入れれば、住人も飢えと寒さに苦しむことも無くなる。またゲリラ戦の泥沼化は東ユーアシア政府も含めて誰も望むものではない。 「あとはこちらがカードを切り出すタイミングの問題だ。ただ……」 「ソラちゃんの事ですね」 中尉がユウナの思案をつく。 「一応、手は打ってあるよ。スポンサーの方にも話は通してある」 「…スポンサーですか」 レジスタンスとはいえ活動資金を必要とする。それは反政府的な地元の名士である場合もあるが、通常それだけでは活動資金は賄えない。 多くの場合、有力なスポンサーは反オーブ系の国家や外資系企業である。リヴァイブもそれは例外ではなかった。 これを知るのはユウナや大尉、センセイを含め上層部の数人に限られている。中尉もそのひとりだ。 機密事項に含まれるため、ほとんど口外できないが、今なら問題はない。 それは分かっていても、中尉の心象には釈然としない思いがいつもつのる。 今度はユウナが彼を察したのか、素早く話題を変えた。 「…そういえばソラちゃんは寒い思いをしていないかい?」 「ええ、彼女の部屋は私達のよりずっといい場所にしましたからね。でないと持たないですから」 こういうところに自然と気が利くのもこのリーダーの取り得のひとつだろう。 リヴァイブでは男は基本的に6人部屋、女性は2人部屋だ。個室を持っているのはユウナとソラだけになる。 「ところでリーダー。そろそろカードも神に賭けますか?」 「もちろん。今度こそ勝利の女神は僕に微笑むよ」 いささか芝居がかった調子でユウナは中尉に応じた。 オープン。結果は…。 「うっそお!?またあ!!?」 「今度も私の勝ちですね。支払いは次の給料日でいいですよ」 頭を抱えゲンナリと落ち込むリーダーの姿に、中尉はまた苦笑した。 その時、不意に内線電話が入った。 「もしもし…。リーダー、大尉からです」 ユウナが受話器を受け取る。 「大尉か、僕だ。……例の件だな………うん…よし、分かった」 引き締まったその表情に、さっきまでの道化姿はもう無かった。 部屋の暖房が暖かい。 さっき廊下で会ったシゲトがいうには、もうすぐ雪が降るそうだ。 初めて見るんだっけ、オーブじゃ雪なんて降ったことないからなあ、とソラは思った。 この基地は地下基地なのでソラの監禁されている部屋――今ではソラの自室のようなものだが――にも窓はない。暖房と電灯の他にはベッドと椅子と机と洋服タンスが一つあるだけ。 だから外の様子は分からないが、暖房がついているにも関わらず地面から僅かに伝わってくる寒さが、この地方独特の冬の厳しさを教えていた。 セーターや厚手の靴下などいろんな冬服のおかげで、とりあえずは大丈夫だ。 これらを持って来てくれたコニールは「冷え症は女の敵だ」とよく判らない一言を付け加えていたが。 ふと退屈まぎれに、仮面のリーダーが持ち込んだ本を適当にとって読んでみる。 『ローマ興亡記』というタイトルの分厚い本だった。 リーダーがここに持ち込んだのだ。それも小さい文字で書いた難しそうな本を、たくさんぎっしりと木箱に詰め込んで。これはその中の一冊だ。 「時間を持て余すのももったいないし、じっくり本でも読んでみないかい?本はいいよ。心の世界を広げてくれるから」と、リーダーはいつもの調子でそう言っていた。 試しにベッドに横になりながら読んでみたが、数ページめくったところで、眠気が襲う。 いつの間にかソラはそのまま眠りこんでしまった。小さな寝息を立てて。 しかしそれもすぐに覚まされる事になる。 「わあ…、あの山凄い…。真っ白ぉ…」 数時間後。 粉雪が降りしきる荒野の道を、一台のトラックが走っていた。 乗っているのは二人の男女。運転するシンと助手席に座るソラだった。 二人とも微厚い防寒着に身を包んでいる。 シンがじっと前を見て運転している横で、ソラは飽きもせず雪を眺めていた。 よほど珍しいのだろう。 時折、吐く息で曇った窓ガラスを吹いて、薄く白銀に染まった荒野をずっと見つめている。 シンは夢中になっているソラの様子に、愉快そうに小さく笑った。 「…ソラは雪は、初めてか?」 「は、はい!だってオーブじゃ全然降らないから…」 「外の気温は低いぞ。-15℃ってところか」 「えーーっ?そんなに寒いんですか!?」 「それでもまだ"暖かい"方さ。酷い時には-40℃まで下がる」 「マ、マイナス40℃!?」 「そうだ。寒すぎてカメラのレンズが割れたとか、オイルが凍って動かないとか、いろいろトラブルも起こる。雪だって降り過ぎれば、道が埋もれて外界と隔絶される」 「大変なんですね…」 「でもここに住んでる人たちにとっては、それが当たり前なんだ」 ソラは「はー…」と驚きなのか感嘆なのか分からないため息をひとつつくと、また白銀に染まった外の景色に目を移す。 「あと2時間ぐらいで、目的地の村につく。今日はそこで一泊だ」 「…あ、はい」 いつもならここでAIレイが余計な一言を突っ込んでくるのだろうが、今は沈黙している。 ダストから離れすぎてアクセス圏外なのだ。おしゃべりな時計も今はただの時計だ。 ソラを横目に、シンは思い出す。 つい先刻下された、奇妙な命令を。 二人がトラックで旅路に出る数時間前のリヴァイブ、ローエグリン本拠地。 「情報収集?わざわざガナルハンまで?」 「わ、私もですか!?」 すっとんきょうな声が食堂に響く。 シンとソラはユウナに食堂まで呼び出され、特別任務を受けていた。 ユウナの横には大尉とセンセイがいる。 目を丸くしてお互いを見る二人に、ユウナは続ける。 「目的は二つ。ひとつは協力者を仲介して、州都ガルナハンで現在の東ユーラシア軍に関しての情報を得ること。もうひとつはソラちゃんに州都の下見をさせる事」 特に後者に関してユウナは、念入りにソラに言った。 「…ソラちゃんををオーブに帰すためにいくつか手は打っているけど、最悪の場合も考えなきゃならない」 「最悪の場合……って…?」 「ここが襲撃されて、潰れるとか」 「!?」 「ユウナ!!」 猛るシンの前にユウナはすっと指を立てる。 落ち着け、というジェスチャーだ。 「もちろんそうならないように最善の努力はするけどね。だけど万が一って事もある。その場合は州都近隣で開放、あとは一人でやる、という事になる。その万が一のために、街の下見をしてもらうんだ。外国人に関する役所はこの近辺じゃあそこしかないからね。その場所の確認だよ」 ソラの表情が不安に曇る。 遠い異国の地に来ながら、なんだかんだで誰かの保護を受けて生きてきたのだ。 それが無くなるかもしれない――。 その時、僅かに震えるソラの肩をシンが手を置く。 「ユウナ。それはあくまで万が一の備えという事だな」 「そうだよ」 「だったら…」 と、そこまでシンが言いかけたときシンの右腕、AIレイが割って入った。 『気分転換にはいい機会じゃないか、シン』 「レイ!?」 『こんな穴倉の中に、いつまでもソラを閉じ込めておく方が問題だろう。しかしセンセイ、これでの打ち合わせではソラは基地の外に出さない決まりだったと思うが。どういう風の吹き回しだ?代替案はいくらでもあると思うが』 話を振られたセンセイだったが、予想されていた問いだっただろう。静かにレイに返す。 「リスクがあるのは理解しているわ。だから地図を見せる、他にも携帯ナビゲーションを持たせるとかいろいろ考えたわよ。でもこればっかりはやっぱり直に行かないと、どうにもならないっていうのが私と大尉、リーダーの結論よ。」 『…僅かながらでも土地勘を持ってもらおうというわけだな』 「そういう事だから、ソラちゃんもシンもいい?」 「わ、分かりました」 少し戸惑うソラの横で、シンが無言でうなずく。 「それと東ユーラシア軍の情報の方だが、先日手に入る報せが入った。仲介者を介してガルナハンで受け取る手はずになっている。仲介者の名前はそれに書いてある」 大尉が渡したメモには、シンにとっては既知の名前があった。 「…ターニャか。アイツまだレジスタンスやってたんだな」 「というか、情報屋だな。あっちこっちに人脈を作って、右に左に情報を流したり、仲立やって稼いでいるらしい。ま、今のところ一応俺達の味方だ」 ユウナが二人を気遣う。 「何にせよ、ガルナハンは敵の中心地にある街だ。二人とも細心の注意を払って行動してくれ。もしもの場合は、任務を放棄しても構わない。まずは無事に帰還すること。いいね」 『…俺は通信圏外だから二人のサポートできない。ソラ、シンの聞き分けが無かったら、お尻を引っぱたいても構わないぞ』 「あのな、レイ」 『お前の無鉄砲ぶりは俺が一番良く知っているからな。俺としてはソラよりもシンを一人にする方が心配だ。全く向こう見ずな弟を持った兄の気分だよ』 「はいはい、しっかり注意しますよ。"レイ兄さん"」 『肝に命じておけよ。"弟"よ』 まるでどこかの兄弟漫才を演じる様な二人の会話に、周囲で和んだ笑いや苦笑が溢れる。 いつのまにかソラもたまらず笑っていた。 そしてシンとソラは、二人っきりで、古ぼけたトラックに乗って旅路に出る事になる。 基地の位置を知られないために、ソラには耳栓と目隠しをして出発する事となったが、今ではそれも外されている。 だからだろうか。 生まれて初めて見た雪景色に、ソラはすっかり心を奪われたのは。 シンは単調な運転を続けながら、そんな風に思った。 ――長い長い国境のトンネルを抜けると、そこは雪国であった…。 いつかリーダーが芝居がかって言ったフレーズが、ふと脳裏に浮かんではすぐに消えた。 それからさらに走ること約2時間。 さっきまで降っていた雪も、いつのまにか止んでいる。 街道と荒地の道をいくつか通り過ぎると、二人のトラックは小さな村に入っていく。 そこを通り過ぎて村はずれに続く一本道を真っ直ぐに進むと、しばらくして麦畑に囲まれた小さな一軒家があった。 小さな養鶏小屋に物置小屋がそばにある。 「なんとか日暮れ前にはついたな」 シンの言葉に、ここが今日の宿なんだと、ソラは知った。 「おーい、誰かいないか?」 シンが年代物の木の扉をノックするが、返事がない。 なんとなくソラは目の前の農家を見てみる。 酷く粗末な家だった。 相当な年代を経ているのだろうか、扉はもちろん屋根も壁も、すっかり色あせ、あちこちがひび割れ欠けている。 オーブにはこんな家は一軒もないだろう。 まるで廃屋だ。 …ここに本当に人が住んでいるのかしら? ソラはそう思わずにはいられなかった。 中から返事が無いので、シンがさらに大きな声をあげて、ドアを叩く。 「おーい、俺だ!シン・アスカだ!」 と、その時。 「っるさいわね…!デカい声張り上げなくても聞こえてるわよ!!」 家の横から、あまり手入れの行き届いていない長い金髪を三つ編みにした、一人の少女が出てきた。 薪を抱えながら、少し鋭い目つきでこちらを睨みつけている。 ありあわせの服を着込んだ風体は、真新しい防寒着に身を包んだシンとソラに比べると、ひどくみすぼらしい。 そんな少女にシンは気兼ねなく声をかける。 「やあ、ターニャ」 「あんまりドア、ガンガン叩かないでくれる?ただでさえボロなんだから。壊れたら弁償してもらうからね、シン」 「リーダーに新品を頼んでおくよ」 「その時は輸入のいい奴をよろしくね。…でも、意外に早かったわね。着くのは夜かと思ってたのに」 「日暮れ前には着かないとな。万が一の事があったら凍死しかねん」 「もしもの時には、お悔やみだけは出しとくわよ。一応、義理として」 「義理かよ。ひでえな」 顔なじみ同士で交わされる会話に、ソラはすっかり置いてきぼり。 見知らぬ土地に一人で放り出されたような、不安が募る。 思わずソラは二人に声をかけた。 「あ、あのっ。すいませんっ」 と、そこまで言いかけたとき、タ-ニャがソラに目を向けてきた。 「…シン。さっきから横にいるその娘は何?」 シンはソラの横に立って、改めて紹介する。 「ああ、紹介するよ。彼女はソラ・ヒダカ。訳あって俺達のところにいるんだ」 「は、はじめまして…、ソラ・ヒダカです。よろしくお願いします」 少し戸惑いながらもソラは、ターニャにお辞儀をした。 しかしターニャは意に介さず、まじまじとソラを見詰める。まるで値踏みしているようだ。 何か気に障ることでもしたのだろうか?ソラの体が緊張でこわばる。 そんなソラにターニャはお構い無しに言い放つ。 「シン…。もしかしてこの娘、アンタのところの新入り?」 「ち、違います!」 「ソラは俺達の組織とは無関係だ。ソラはオーブ人で…」 「げっ、オーブ人!?」 それを聞いたターニャは素っ頓狂な声を上げた。 「?」 「ちょっと待ってよ、シン!そんな話聞いてないわよ!」 「お、おいターニャ…」 「タレコミの仲介ならともかく、誘拐の身代金交渉はアタシは無理!?ダメ、パス!他を当たってくれない?報酬はデカいかもしれないけど、全然自信ないから!?」 オーブ人という言葉に、ターニャは勘違しているらしい。 "リヴァイブがソラを誘拐して、身代金を得ようとしている"と。 確かに反政府レジスタンスの元にオーブの民間人、という組み合わせなら、そう思われても無理は無いだろう。 あわててシンが取り成す。 「な、何、勘違いしてるんだよ!ソラは人質でもなんでもない!何と言うか…」 慎重に言葉を選ぶ。 「客人だ」 「…きゃ、客人?オーブからのぉ?」 「ああ、ちょっと訳ありでな」 「…ふ~ん」 ターニャがいぶかしげに見る。 「…ソラ・ヒダカさんだっけ?」 「そ、そうですが」 「アタシはタチアナ・アルタニャン。ターニャでいいわ。よろしく」 「…は、はい」 頭一つ高い身長から、自分を見下ろすターニャの視線に、ちょっとソラは居心地の悪いものを感じた。 「話はもう済んだかの?お三方」 いつの間にかドアが開かれ、腰の曲がった老人が、笑顔で三人を出迎えていた。 「これ、ターニャ。いつまでもお客さんを玄関で待たす奴があるか。風邪でも引かれたらどうする 「ゴメン、爺ちゃん」 「お久しぶりです。今日は一晩ご厄介になります」 老人にシンが丁寧にお辞儀をする。それを見たソラも慌ててお辞儀をした。 「は、はじめまして!ソラ・ヒダカです!今晩お世話になります!」 「よう来なさったの、シンさん。…それからソラさんも。まあ、何もないあばら屋ですがの。ゆっくりしていって下さいな」 人懐っこそうな笑みで、老人は二人を我が家へ迎え入れてくれた。 水を汲んではバケツに入れて、厨房まで運ぶ。 水を汲んではバケツに入れて、厨房まで運ぶ。 水を汲んでは……以後繰り返し。 「…お腹減ったなあ」 西日が山裾に消えようとする頃、ソラは裏の井戸から水を汲んでいた。 手袋をしているのに、指先が冷たさでかじかんでくる。 はーっと息を吹きかけていると、近くで薪割りをしていたシンが声をかけてきた。 「寒いか?ソラ。何だったら後は俺がやっておこうか」 「い、いいえ。大丈夫です。ただ…」 「ただ?」 「こんな事するとは思わなかったですから…」 「全くだ」 シンは少し苦笑した。 家に入るや否や、シンとソラはターニャに家事手伝いを命じられた。 ソラは水汲み。シンは薪割り。 そしてターニャは夕飯の準備をしていた。 煙突から立ち上る煙が、薄暗くなった夕空に消えていく。 『働かざるもの食うべからず。ウチはお客といえど、特別扱いしないよ』と、いうのがターニャの決め台詞。 「まあ、仕方ないさ。家主様には逆らえない。家から叩き出されて、朝には氷漬けなんてのはゴメンだしな」 ヤレヤレとコミカルに肩をすくめて見せるシンに、ソラは思わずクスッと笑った。 「そろそろ、メシも出来る頃だろう。中に入ろう」 ペチカの火が煌々と家の中を暖める。 木製のテーブに用意された席は4つ。 ターニャの祖父とソラは先に席について待っている。 奥の厨房ではシンがターニャを手伝っていた。 …少しは変わったものが食べられるかなあ。 ソラは少し期待に胸を膨らませていた。 リヴァイブでの食事はその性格上、保存食や野戦食のようなものが中心になってしまう。 黒パンや干し肉、野菜の酢漬け、ふかしジャガイモのポテトマッシュ…etc。少しマシなもので、川魚の干物。 正直、もう飽き飽きしていたのだ。 鶏小屋もあったんだから、スクランブルエッグやローストチキンぐらい出ないかしら…。 思わず渇きが募る。 寮の夕食で出されるふかふかの白いパンや、新鮮な魚のグリルに野菜サラダ。 学校の帰りに友達と食べた甘いクレープや、冷たいチョコパフェ。 オーブでは当たり前のように食べていたものが、今は恋しくて恋しくて仕方が無かった。 「お待たせ~」 ようやくターニャが厨房から、出来た料理を持ってくる。シンもそれに続く。 ところが出された料理を見て、ソラは目を見張った。 少し大きめの椀に一杯の麦粥。 麦だけでなく雑穀も混ざっているようだ。 しかしたったそれだけ。他には何も無かった。 独特の匂いがツンと鼻を突く。嫌な匂い。 ターニャの祖父が全員席に着いたのを見計らって、祈りを捧げる。 「…天にまします我らの父よ。今日も我らに糧をお与え下さり感謝いたします……」 隣に座るシンも対面のターニャも静かに祈り、最後に「いただきます」と唱和した。 ターニャ、彼女の祖父は当たり前のように食べ始めた。もちろんシンも。 このままじっとしていても仕方が無い。 やむなくソラも一口食べてみる。 口に入れた瞬間、耐え難い食感が襲う。 ………まずい。 とてもまずい。 オーブでこんなものを人に食べさせる所はない。リヴァイブでも。 ソラには信じられなかった。だから。 「これ…食べ物?」 つい小さな声で口に出た。 思わず本音が。 パンッ。 その瞬間、ソラは何をされたのか判らなかった。ただただ右頬が熱い。 ターニャの平手が飛んでいた。 「だったら帰ったら?オーブのお姫様」 怒りと敵意に染まった目で、ターニャがソラを見下ろしていた。 「ターニャ!なんて事を!」 彼女に祖父が思わず止めに入るが、孫娘に「お爺ちゃんは黙ってて」と静止させられる。 「オーブ人のお姫様、これがアタシ達の"いつも食べる食事"って奴よ」 ソラは何か言いおうと思った。 しかしターニャの気迫に押されて、何も言えなかった。 「この辺りはなんとか麦が収穫できるから、この辺の皆はそれを売って糧を得てる。でもね、アタシ達はどんなに一生懸命働いても、どんなに苦しんでもちっとも豊かになれない。何故だか判る?」 「………」 「役人達が税といって、ほとんど持っていってしまうからよ。私達が困っていても何もしないのにクセにね。そしてアタシ達から巻き上げたそのお金はどこに行くかわかる?」 「………」 「オーブよ!アタシ達から絞り上げたお金は全部、オーブに行ってしまうのよ!お金だけじゃないわ。この土地で作られたエネルギーも何もかもよ!オーブ人がヌクヌク暮らすために、アタシ達はずっと薄い粥をすすって生きているのよ!アタシ達はアンタ達オーブ人の踏み台になってるのよ!!」 いつのまにかターニャの目が充血していた。 怒っているはずなのに、泣いていた。 「ターニャ、もうその辺にしてやれ。ソラも謝れ」 その時、それまで隣で沈黙していたシンが、二人を諌める。 今まで聞いたことも無い、静かな、そして重い声で。 「………ご、ごめんなさい…」 蚊の泣く様な、小さな声で搾り出す。 今のソラにはこれが精一杯だ。 ターニャはきびすを返すと席に着き、黙々と残った粥を食べる。 ソラもすっかり冷えた粥を、同じように黙って食べるしかなかった。 ――眠れない。 時折、バタバタと風が窓を叩く音がする。 明かりが消された暗闇の中、枕元に置いた腕時計を手探りで探す。 蛍光表示された時刻は、午前1時を示していた。 いつもならもう深い眠りについているはずなのに。 ソラは何度も寝返りをうったが、目は冴えるばかりだ。 「……眠れないのか」 「……シンさんも起きていたんですか…?」 「まあ…な」 ターニャから用意された寝室で二人は休んでいた。 しかしベッドはひとつしかないのでそれはソラが使い、シンは床で寝袋に包まっている。 「気になるのか?ターニャの言った事が」 「……………よく分かりません。ただ…」 そこで言葉が途切れ、二人の間に沈黙が横たわる。 ソラは一呼吸すると、もう一度言葉を紡いだ。 「…私の事は本当に悪かったからしょうがないけど、何であんなにオーブに怒るのか…、それが分かりません。役人の事だってちゃんとラクス様やカガリ様に言えば、何とかなるんじゃないですか?何も…」 声が小さく消えていく。するとシンがポツリと語り始めた。 「…少し難しい話をする。何だったら途中で寝てしまってもいい」 「……は、はい」 「ターニャが言っていた事を覚えているか?オーブがこの土地で作られた食料やエネルギーまで全部取って行ってしまう、と」 「ええ」 「もう知っているだろうが、このコーカサス州は地熱発電では世界有数の産出地だ。リヴァイブの本拠もそれで動いている。ここで生み出されたエネルギーをこの州のために使えば、この土地もずっと豊かになるんだ。本当なら」 「……本当なら?どういう意味です?」 「この州で作られたエネルギーは、ここでは全く使われない。全部、西ユーラシア行政府に持っていかれる」 「西ユーラシア行政府って…」 「統一連合直轄領。事実上のオーブの占領地だ」 「!?」 「西ユーラシアは元々ユーラシア連邦が戦後東西に分かれて独立した地域だ。だが東ユーラシア共和国政府は、なんとか昔のように自国に取り戻したいと考えている。そこで西ユーラシアに自国から産出される大量のエネルギーを供給した。西ユーラシアが東ユーラシア共和国のエネルギー無しでは存続出来ないようになれば、いずれ併合やむなしという世論が作れる。今だって西ユーラシアはオーブの占領地だから、住んでいる連中にとってはどっちがマシかという程度の問題だろう」 「………」 「また税として集めた金もここのためには使われない。西ユーラシア獲得のための政治工作に使われる。オーブの政府要人や、議会のオーブ派への献金とかな。一方のオーブも東ユーラシア共和国の狙いは分かっているから、足元を見ている。オーブは西ユーラシアを盾に東ユーラシア共和国から金やエネルギーを掠め取り、片や東ユーラシア共和国は西ユーラシアの生殺与奪権を握るために、オーブに浸透しようとしている。自分の国民を犠牲にしてまでな」 ソラの脳裏でターニャの怒りが何度も繰り返される。 自分への怒り、オーブへの怒り。 「…でもカガリ様やラクス様は?そんな事を知ったら、お二人が止めさせるんじゃないんですか…?」 「彼女達には都合の悪い情報は流れない。あの二人に寄生する連中がそういう仕組みを作っている」 「…………汚い…」 「だが、それが現実だ」 ソラは井戸での水汲みを思い出した。オーブにはあんなものは無い。 水は水道の蛇口を捻ると出るのが当たり前、暖はエアコンで取り、明かりは電気。テレビ、インターネット、ガス…etc。 学校の帰りには喫茶店でケーキを食べながらおしゃべりをしたり、道端でサーティワンアイスクリームの甘さと冷たさに喜んでいた。 孤児の自分ですら当然のように享受していたものが、何も無い。 「…知らない世界なんですね、ここは」 「…そうだな。オーブにいれば、ずっと知らずにすんだ世界だ」 ソラは天井をじっと見つめてみる。 だが闇は闇のまま底が無かった。 どこまでも。 どこまでも。